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精進料理家 棚橋俊夫さん

お寺は一汁一菜で、もてなしを
「精進料理は天の恵みを頂き、身も体も清められる。京都のお寺も市民に向き合うために見直しては」(京都市左京区北白川・瓜生庵)
「精進料理は天の恵みを頂き、身も体も清められる。京都のお寺も市民に向き合うために見直しては」(京都市左京区北白川・瓜生庵)
 精進料理家の棚橋俊夫さん(52)は、東京の広告関係の会社で働いていたが、27歳で大津市の禅寺月心寺へ入った。
 「自分の役目がどこにあるのか悩んでいた時、テレビで月心寺の庵主(あんじゅ)、村瀬明道尼が精進料理を作り客をもてなす姿を見た。すぐにこれだと思い、手紙を書いて弟子入りした。

 朝3時にお寺に入り、料理を作り、花を生け、水を打ってお客様を迎えるという生活を3年間送りました。庵主さんは大変厳しい人だったが、命がけで叱ってくれた師匠。空き時間は京都の街に出かけ、寺社で庭やしつらえを見たり、京料理やおばんざいを食べたり、専門書店に出かけた。本物に囲まれて学ぶことは尽きず、日本人の遺伝子を呼び覚まされる感覚だった」

 3年間学んだ後、東京で精進料理店「月心居」を開いた。
 「精進料理は天の恵みを頂く料理。野菜に生かされ、身も体も清めてくれる心地よさ、魅力を知ってもらいたいと店を開いたが、当時は全く客が来なかった。ある日、先入観を捨てて素材と向き合おうと悟った。

 精進料理は色がないと思いませんか。たまに食べるからありがたい気がするけれど、ワクワクはしませんよね。既存の料理法に縛られてはいけないと思った。試行錯誤し、最初にお客さんに出したのは完熟したトマトを赤だしの中に入れたみそ汁。見て驚き、食べてまたおいしさに驚いてくれた。こだわりを捨てると、いろんな生かし方ができるようになった。野菜だけというのは不自由なようだが、本質を知ればいろんな使い方ができる。日本料理でもフレンチでも、最初の1年間、精進料理を学ぶと、素晴らしい料理人になると思う」

学生は街から学ぼう

京都御所の建礼門近くにある大きなイチョウ。大地に根を張り、まっすぐ立つ姿が禅の心に通じるという(上京区)
京都御所の建礼門近くにある大きなイチョウ。大地に根を張り、まっすぐ立つ姿が禅の心に通じるという(上京区)
 京都の寺は、市民のため、教えのために門戸を開いているのか、と疑問に思う。
 「京都のお寺には、昔の仏像や庭を大事にして、拝観料を取っているだけのところがあるのでは。お経を読むだけで、市民には背を向けてませんか。仏の代わりがお坊さんなんだから、市民の方を向いてほしい。仏教に関心を向けてもらうために核になるものを探しておられるなら精進料理を見直しては。お坊さんは、修行時代は精進料理を勉強しても、自坊に戻れば、ハンバーグやカレーの生活。法事も仕出屋まかせでしょう。お寺で毎朝、炊きたてのご飯と、野菜たっぷりのあえ物や焼き物など一汁一菜の朝ご飯を出してはどうか。早朝に参道を歩くとゴマをする香りが漂い、朝ご飯でもてなすと、観光客も気持ちよく喜んでくれる。

 小学校を地域の食堂として開放してもよいと思う。今は家族でも同じ食卓を囲まない。食事をインスタントや冷凍食品で済ませる人も多い。野菜や穀物で体を満たすと体調だけでなく心も整う。世代を超え「同じ釜の飯を食う」ことは教育にとてもよい。土地が豊かな京都は野菜が豊富。地産地消ができれば、『スモール・イズ・ビューティフル』と提唱される持続可能な社会への実践にもなる」

 料理店を閉め、4年前から京都造形芸術大で教えている。
 「精進料理を研究し、伝える上で料理屋に限界を感じた。ちょうどそのころ、京都造形芸大から、芸術の中に食を取り入れられないかと相談を受けた。芸術と食の根本とは何かを考える『食藝(しょくげい)プログラム』に取り組んでいる。『藝』の訓読みは『うえる』。つまり芸術家は『うえる術(すべ)を持った人』だが、植える術といえばお百姓さんで、作品は野菜やお米。芸術家も、素晴らしい絵を描いても食べ物をおろそかにしていたら偽物だと学生に教えている。

 京都は街そのものが生きた教材。食と表現という授業でも、和菓子も道具も食材も、フィールドワークの材料には事欠かない。学生には、自転車で街へ出て、街から学びなさいとよく言っています」

たなはし・としお

「伝統文化や食文化が豊かな京都は生きた教材。生徒には街から学べと指導しています」
「伝統文化や食文化が豊かな京都は生きた教材。生徒には街から学べと指導しています」
 1960年熊本県生まれ。筑波大で農業経済学を専攻。精進料理を通じて野菜の良さや豊かな生活を提案するため「是食(ぜくう)キュリナリーインスティテュート」を主宰。2009年3月から京都造形芸大「食藝プログラム」ディレクター。著書に「野菜の力 精進の時代」(河出書房新書)など。

【2012年07月21日掲載】