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田辺朔郎銅像

図面手にりりしく
京都市内を一望できる蹴上広場に立つ田辺朔郎銅像(京都市左京区)
 京都市内を見下ろす東山のふもとに、コートに身を包み、図面を手にりりしい表情で立つ若い土木技術者の銅像がある。
 田辺朔郎(一八六一−一九四四)は江戸に生まれた。工部大学校(現東京大工学部)に在学中、京都府知事の北垣国道と出会い、琵琶湖疏水計画事業を知る。卒業論文の研究テーマに同計画を選んでいた田辺は、京都−大津間の疏水路線を踏査した。大学校を卒業後、二十三歳で京都府御用係として招かれ、工事の総責任者に抜てきされた。
 疏水建設は当初、運河や水車動力が目的だったが、後に水力発電や上水道へと役割を変えた。第二疏水も着工され、東京遷都によって沈滞していた京都の産業界は活力を取り戻した。
 銅像は京都華頂ライオンズクラブが一九八二年に建て、京都市に寄贈した。芦屋市から山歩き仲間約二十人と蹴上広場を訪れた近藤哲さん(七〇)は初めての田辺像を眺めながら「幕末に生まれた若者は二十−三十代で活躍した。今の日本では、彼のような大抜てきはないでしょうね。敬意を表します」と話していた。