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京大仏街道の道しるべ

京への旅人案内
京大仏街道への方向を示す石碑(京都市伏見区・伏見板橋小)
 住民が水をくみに来る伏見板橋小内の「白菊の井戸」そばに、高さ約二メートルの石碑が立つ。東面に大きく「左京大佛街道大津道」とあり、ほかの面にも「ひだり竹田かいだう」、「右 京橋ふねのり場」などと刻まれている。
 京大仏街道は、伏見街道の別名ともいわれる。付近の住民に聞くと「京の大仏さんと言えば、東山の方広寺にあったものでしょう」という。豊臣秀吉が建てた大仏だが、地震や火災でたびたび失われ、現存していない。
 碑文によると、江戸時代の天明年間に立てられた。当時、伏見は宇治川の港と京を往来する人でにぎわい、石碑は京の入り口付近にあった大仏への道を示して慣れない旅人を案内した。伏見板橋小は街道に近い場所に位置し、何らかの理由で移設されたとみられる。
 天明年間と言えば、地元では悪政を行う伏見奉行の罷免を求め、幕府に直訴した義民七人の逸話が残る。同小の子どもが学ぶ機会もあり、出口正博校長(五五)は「当時から残る石碑だけに、子どもたちが歴史を肌で感じられる貴重な教材」と話している。