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角倉了以翁顕彰碑

高瀬川開削も尽力
太いまゆ、大きなくわが印象的な角倉了以の胸像(京都市中京区)
 桜並木が続く木屋町通。元立誠小の玄関脇に、大きなくわを手にした角倉了以の胸像がある。「高瀬川開削三百七十五年記念」として一九八五年に建立された。
 角倉了以と聞けば、真っ先に思い出すのが大堰川(おおいがわ)の開削だろう。丹波から大阪への水上輸送ルートを確立、京都の発展に大きく貢献した。大堰川開削の実績から、高瀬川も任された。工期は一六一〇−一四年。鴨川から水をとり、二条から伏見までの約十キロに運河を造った。大正時代まで、この高瀬川が京都の物流を担ってきた。
 高瀬川にもう一度、舟を走らせたい−。一昨年、木屋町かいわいの店主や住民が「高瀬川会議」をつくり、大きな夢に向けて活動を始めた。高瀬舟の復活なんて無理という声もあるが、会議のメンバーは今後二十年での実現を目標に掲げる。
 現在、三条−四条通間の高瀬川周辺は、夜の繁華街としてにぎわう。酔客には角倉了以の胸像は目に入らない? 岡山県から訪れた女性二人は「高瀬舟があったら、もっと情緒豊かだったと思う」と話した。

【2007年4月17日掲載】