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山脇東洋観臓之地

初の解剖に臨む
日本で初めて臓器の観察をした山脇東洋を顕彰する石碑(京都市中京区因幡町)
 日本で「近代医学の始祖」といえば、杉田玄白が思い浮かぶ。だが、石碑は杉田より十七年も前に、日本初の医学的な解剖に臨んだ医師、山脇東洋(一七〇五−一七六二年)の偉業を今に伝えている。
 石碑があるのは、江戸幕府の刑務所「六角獄舎」があった辺りだ。山脇はこの獄舎で一七五四年、所司代の許可を得て、刑死した囚人の解剖に立ち会い、「観臓(臓器の観察)」を行った。山脇はその記録を五年がかりで著書「蔵志(ぞうし)」にまとめ、後続の医師たちに影響を与えた。
 石碑は、顕彰とともに献体者の冥福を祈って一九七六年、日本医師会や医史学会などが建立した。毎年、府医師会有志が石碑と山脇と献体者の眠る誓願寺(中京区)を訪れ、花をたむけている。
 京都医学史研究会の奥沢康正副会長(六六)は、「西洋医学の必要性を広めた中心的な人物」と山脇の業績を評価し、「石碑の前に立つと、先人の遺業と刑死者への敬服の念がふつふつとこみ上げてくるようです」と話す。

【2007年5月15日掲載】