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田中祐四郎の胸像

淀川改修に尽力
田中祐四郎の胸像(南区)
 京都市南区の旧千本通沿いに立つ上鳥羽小。立派なひげをたくわえた背広姿の男性の胸像が体育館のそばに立つ。ひたむきさを感じさせるまなざし、堂々とした風ぼうから「鳥羽西郷」の異名を持った田中祐四郎(一八六八−一九四一年)だ。「村長七次 府会議員八次 衆議院議員又三次…」。背面の碑文は政界での活躍の歴史を記す。
 上鳥羽嶋田町の農家の四男として生まれ、少年時代から漢学を修めた。二十代初め、山城地域の仲間とともに淀川改修の要望運動を始めた。大雨のたびに氾(はん)らんし、沿岸住民は苦しんでいた。水害の問題を府議会で何度も取り上げ、政府へ意見書や建議を提出。国費をかけた改修工事の実現に道筋をつけた。
 高さ約三メートルの胸像は、古里の発展に取り組んできた祐四郎を慕い、地元有志が生前の三一年に建てた。祐四郎と上鳥羽小の縁は深く、手狭な校地を現在地へ移転させ、校舎の増改築を進めた。毎年八月二十日の創立記念日、体育館に集まった六年生を前に、校長が祐四郎の足跡や社会貢献の心得を語りかける。