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醍醐耳塚

耳の病気に御利益
醍醐耳塚一帯は東山学園のグラウンドとして整備される予定。今後の法要も同学園で行っていくという(京都市伏見区醍醐)
 山科盆地からはるか府南部の山々を一望できる小高い丘陵の上に、「醍醐耳塚」と刻まれた小さな石碑とほこらがたたずんでいる。一帯には直径二十五メートルの円墳を中心とした醍醐古墳群(六−七世紀)が眠っている。
 耳の病気に御利益があると、古くから地域で信仰されてきた。「子どものころ、耳が痛いときに母に連れられてお参りに行った覚えがある」と、近くで農作業をしていた山本眞一さん(68)=山科区小野。地域には東山の耳塚と同様に、豊臣秀吉の朝鮮出兵で持ち帰られた人々の耳や鼻が埋められているという話があり、所有者の手で毎年、法要も行われてきた。
 しかし、市文化財保護課が一九九一年に発行した「山背の古墳」には「一号墳ははやくから墳丘が耳形に削られていたため、地元では『耳塚』と呼び親しまれており−」と記載されている。いつのころか話が交じり合ってしまったのだろうか。
 昔を知る人も少なくなり、真相はやぶの中。しかし「お参りに行って、良くなったように覚えていますよ」と山本さん。御利益は本物のようだ。

【2007年11月20日掲載】