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撞木町遊郭跡の石碑

忠臣蔵と関連も
遊郭や大石良雄が訪れたことを伝える石碑(京都市伏見区撞木町)
 「橦木町廓(くるわ)入口」と書かれた石柱から住宅地の通りを西に向かって進むと、民家のすぐそばに石碑がある。大正時代に建てられたとみられ、その刻字はかつてこの地が遊郭だったことを伝える。
 一帯は京街道と大津街道の分岐点に近く、古くから芝居小屋や土産物屋が軒を連ねた。豊臣秀吉が伏見城下町を築いた十六世紀後半に伏見の遊郭は始まるとされる。
撞(橦)木町の遊郭は江戸時代に全盛期を迎え、当時の物語などにも登場する。
 石碑は、忠臣蔵で知られる赤穂浪士大石良雄(内蔵助)が訪れたことを記している。敵を欺くために遊興し、計を練った大石にあやかり、「撞木町での密謀は成就する」という伝説まで生まれたという。
 町内には「大石良雄遊興之地」と刻んだ別の石柱もあり、大石が作ったと伝わる天神さんの木像が残る。今は静かな住宅街で、往事の面影はないが、石碑近くの美術道具店主高橋磯治郎さん(七九)は「毎年十二月の討ち入りの日になると、歴史ファンらがたずねて来ます」と教えてくれた。