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羅城門遺址の碑

平安京の表玄関
ひっそりと立つ羅城門遺址の碑。羅城門の復元模型は府京都文化博物館などにある(京都市南区唐橋・花園児童公園)
 多くの車が騒々しく行き交う京都市南区の九条通旧千本付近の路地を、北側に少し入った小さな児童公園。住宅に囲まれ、かつてここに巨大な門があったことは想像しにくい。
 七九四(延暦十三)年の平安京遷都で、都の真ん中を貫く朱雀大路の南端のこの場所に、都の表玄関「羅城門」が造営された。推定幅約三十五メートル、高さ約二十三メートル、奥行き約十メートルの鴟尾(しび)を備えた瓦ぶき二層の楼閣がそびえ立ち、近くの東寺、西寺とともに威容を誇っていたという。
 ここから大阪方面へと続いていた「鳥羽の作り道」と呼ばれた街道の名残として、現在は旧千本通が南へ細く伸びている。
 しかし、時代が下るにつれて、右京の衰えや市街地中心の東への移動で、都の入り口としての役割を失っていく。周辺は次第に荒廃したという。その様子は芥川龍之介の小説、黒澤明の映画「羅生門」の題材にもなった。そして、九八〇(天元三)年の二度目の倒壊以降は再建されることもなく、その姿が戻ることはなくなった。
 今は、一八九五(明治二十八)年三月に建てられた高さ約二・五メートルの「羅城門遺址(いし)」の碑だけが、静かにその歴史を伝えている。

【2008年2月19日掲載】