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左女牛井跡

名水の伝説、今も
堀川通沿いにひっそりとたたずむ左女牛井跡の碑(京都市下京区)
 「さめがい」と読む。平安末期、源義経の邸宅である六条堀川館が堀川通五条の一帯にあった。周囲に池をめぐらす寝殿造りで邸内に名水がわき出る井戸があったと伝わる。これが左女牛井だ。
 同館の廃絶後、左女牛井は名水とうたわれ、室町時代には茶道の祖・村田珠光がこの傍らに居を構え、将軍義政も来遊したという。千利休もこの水を愛用したとされる。
 その後、天明の大火で井戸は著しい被害を受けたが水脈は衰えず、後世に受け継がれた。
 しかし、第二次世界大戦末期に堀川通の拡幅工事で撤去されてしまった。現在は一九六九年に建てられた石碑が堀川通楊梅下ルにひっそりとたたずむ。
 近くの油小路通六条上ルにある京菓子店「橘屋」の二代目、辻本讓さん(72)は約三十五年前に「左女牛井」という菓子を売り出した。「呉服関係の店がひいきにしてくれたが、近年はいとへんの苦境もあって、売り上げは年々減っている」。それでも、左女牛井のいわれを尋ねにくる観光客は多いという。人気の水脈も枯れてはいないようだ。

【2008年3月11日掲載】