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伏見銀座跡の石碑

銀貨統一ここから
かつてここが銀座だったことを伝える石碑(京都市伏見区銀座町)
 伏見大手筋商店街のアーケードに東から入ってすぐの交差点、買い物客らが行き交う道の脇にひっそりと立つ。十八センチ四方、高さ約一メートルの石碑には「此付近伏見銀座跡」と刻まれ、ここが全国各地の「銀座」のルーツであることを伝える。側面に「昭和四十五年三月 京都市」とある。
 伏見観光協会と市の連名の立て看板に、詳細が記してある。銀座とは繁華街のことではなく、江戸幕府直轄の銀貨鋳造所。関ケ原の戦いに勝利した直後の徳川家康の指示で設けられ、一帯には会所や有力商人の座人の屋敷などが建ち並んだ、という。
 「物流を盛んにするため、銀の品質を統一する必要があった」と、近くにある御香宮神社の三木善則宮司。「伏見城下として発展した政治、経済の拠点であり、京にも近いこの地を銀座に適した場所として選んだのでは」と話す。
 その後、銀座は別の場所に移り、伏見銀座は廃止されたが、地名にその跡を残す。石碑のそばに植えられた木は、東京の銀座から贈られたものだ、という。