京都新聞TOP > 特集アーカイブ >
インデックス

二十六聖人殉教記念碑

十字架への出発点
日本最初の殉教者をしのんで立てられた碑(京都市下京区)
 四条堀川の近く、キリスト教文化資料館「フランシスコの家」の前に立つ。十六世紀後半、日本でもキリスト教信仰が九州を中心に急速に広がった。当時、政治や経済、文化の中心だった京都にも、多くのポルトガル人宣教師が訪れ、普及に力を注いだ。
 碑が立つ場所には、貧しい人や病人のための修道院や病院があった。一五八七年にキリスト教の禁令が発布された後も、二百人以上の信者が住んでいたという。
 しかし、九六年十一月、秀吉の命で本格的な弾圧が始まった。この地に住んでいたイスパニア人宣教師ら十六人は十二月に逮捕される。牛車で引き回されたあと、碑のある場所を出発地として、徒歩で処刑地の長崎に向かった。途中でさらに信徒らが加わり、二十六人が八百キロもの旅をした後、九七年二月、長崎で十字架にかけられた。
 彼らは日本最初の殉教者とされ「日本二十六聖人」と呼ばれる。カトリック信者で、資料館のボランティアをしている嶋崎賢児さん(七〇)=山科区=は「二十六聖人をしのび、全国から多くの人が訪れます」と話す。