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紫式部顕彰碑

燿かしい功績、今に
紫式部の墓所で功績をたたえる「紫式部顕彰碑」(京都市北区紫野西御所田町)
 堀川北大路の交差点の南、「紫式部墓所」「小野篁卿墓」の石碑にはさまれた小道をたどると、盛り土された二つの墓と向かい合うように式部の顕彰碑が建っている。「式部は侍講として中宮に漢文学を教授する傍ら、『源氏物語』の執筆に励み、(中略)世界文学史上に燿(かがや)かしい紀念塔を建てた」などと功績をたたえる。
 一九八九年五月、式部の墓所が荒廃していることに心を痛めた大阪府豊中市の篤志家が私費で建てた。同時に、地元の京都洛陽ライオンズクラブが五輪塔を建てたり参道に敷石を配して整えた。さらに除幕式の日には、式部の業績を国内外に紹介する「紫式部顕彰会」が発足した。
 顕彰碑は、高さ二メートル、横一・一メートル、厚さ〇・四メートルの御影石製。
 墓が荒れ放題のころは、市民でも知る人は多くなかった。週に一、二度は掃除をしている近くの猪田和夫さん(七五)は「長崎、東京、北海道と、全国から墓参りに来られます」と話す。今では、観光ルートに組み込まれている。