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西尾為治像

「八ッ橋」中興の祖
熊野神社境内にひっそりと建つ「八ッ橋」中興の祖、西尾為治氏の銅像(京都市左京区聖護院山王町)
 京銘菓「八ッ橋」発祥の地と伝わる左京区の聖護院地域。その中心にある熊野神社境内に、ステッキを持った和服姿の紳士の銅像が立つ。元禄時代にできたとされる八ッ橋の中興の祖、本家八ツ橋西尾株式会社十二代目の西尾為治氏(一八七九−一九六二)だ。
 晩年を知る同社の岩佐慎一郎相談役(七二)によると、為治氏は、若いころやり手の「営業マン」だった。南座のどんちょうや市電の花電車を媒体にして信用を高め、寺社や軍関係者に働きかけて全国に京みやげ「八ッ橋」の名をとどろかせたのだという。
 体長は約一・三メートル。一九九四年、平安遷都千二百年を記念して親族の手で同神社に建てられた。台座の隅に刻印のようなものがあり、作者らしき名前の横に「昭和四十×年…」の文字。この時期に銅像だけ先に造られ、本店応接室に置かれた後、移設された。
 銅像は本殿を向き、参拝者の背中を優しく見守っているようでもある。岸本匡美宮司(四四)は「信心深いお方だったと聞いていますので、ここにいられて喜んでいることでしょう」と語る。