京都新聞TOP > 特集アーカイブ >
インデックス

観世稲荷(上京区)(完)

観世流 見守り続け
観世家の屋敷があったことを伝える観世稲荷(京都市上京区)
 京都市上京区の西陣中央小の一帯は室町時代、能の観世家の屋敷があった。いま、その名残を伝えるのが、観世町という地名と、学校敷地内の校舎南側にひっそりとたたずむ観世稲荷(いなり)だ。鳥居をくぐると、小さな社が見えてくる。
 屋敷は、能を愛好した室町幕府の三代将軍足利義満が、観世清次、元清親子に、観阿弥、世阿弥の名前とともに与えた。観世稲荷は、屋敷の鎮守社として今日に残る。
 稲荷のすぐ脇には、「観世水」と呼ばれる古い井戸がある。竜が降りて井戸に入ったため、水面が常に揺れ、波紋を描くとされる。水の揺れる様が、扇などに使われる水巻模様の観世流のシンボルになったという。
 向かいに住む布下善一さん(74)は、西陣中央小の前身、桃薗小に通学していた戦前の様子を覚えている。「前を通る時は敬礼していた。通用門が稲荷側にあったので、当時の子どもはみんなしていました」。現在は門の位置が変わり、通りから直接行くことはできない。しかし、毎年三月に全国から集まった観世流の能楽師が祭を営み、大切に守り続けている。=おわり

【2008年3月25日掲載】