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(27)日露支通運電鉄(大阪府、京都府、福井県)

大陸への鉄路、山阻む
日露支通運が提出した南丹市日吉町付近の路線予定地の地図。地図左側にはJR山陰線が走り、中央部を横断する桂川に沿って◎印をつなぐように敷設予定の線路が描かれている。付近は現在、日吉ダムとなっている(国立公文書館蔵)
日露支通運が提出した南丹市日吉町付近の路線予定地の地図。地図左側にはJR山陰線が走り、中央部を横断する桂川に沿って◎印をつなぐように敷設予定の線路が描かれている。付近は現在、日吉ダムとなっている(国立公文書館蔵)

 約90年前、大阪市から亀岡市や南丹市を通り若狭湾までを縦断する鉄道が構想された。その鉄道は関西からの旅客や荷物を中国、ロシアへと運ぶと期待された。しかし、山がちな地形での難工事が見込まれ計画は実現しなかった。大阪から丹波高地までの路線予定地をたどった。 

日露支通運が起点としたJR大阪駅の北西部(大阪市北区)
日露支通運が起点としたJR大阪駅の北西部(大阪市北区)

 この鉄道は日露支通運電鉄。大阪の繁華街・梅田から、福井県おおい町の若狭本郷駅までを結ぶ計画だった。JR大阪駅から北側を見る。一帯はビル街で丹波の山並みは見えない。

峠もトンネルもない平らな大阪・京都の府境(大阪府豊能町)
峠もトンネルもない平らな大阪・京都の府境(大阪府豊能町)

 ルートは阪急宝塚線に沿って北に向かう。阪急と並走して北上し、大阪府池田市から進路を北東に変え、亀岡市方向へ。これに沿うように、大阪・京都府境近くまで摂丹街道とも呼ばれる国道423号を走るバスがある。車窓は少しずつ山深くなっていく。

 阪急池田駅から約45分、牧バス停で降りる。府境は目前だ。牧地区は豊能町だが、1958年までは亀岡市だった。府境をまたぎ大阪府に合併した。

 農家古谷治さん(75)は「府境を越えるバスがあったが廃止された。牧へ来るバスも2時間に1本になった。住宅地の住民も減っている。鉄道があれば便利だっただろうに」と語る。

 牧バス停から3分ほど歩くと府境に着く。峠もトンネルもない場所だ。あっけなく境を越え、さらに5分ほど行くと亀岡市ふるさとバスの神地バス停に到着した。10席ほどしかない小さなバスに乗った。

八木駅から少し歩くと大堰川の向こうに丹波山地が迫って見えた(南丹市八木町八木)
八木駅から少し歩くと大堰川の向こうに丹波山地が迫って見えた(南丹市八木町八木)

 当初は比較的平らな道だったが、途中で急カーブが連続する山道へと一変した。再び平らな道を少し走ると京都学園大京都亀岡キャンパス(亀岡市曽我部町)に着いた。日露支通運の路線に沿う並河駅行きバスに乗り換える。

 バスは山が迫る亀岡盆地の西端をたどりながら北上した。並河駅からはJR山陰線に乗り八木駅(南丹市)へ。八木駅からはルートをたどる交通手段はない。大堰川(桂川)の向こうに山並みが大きく迫っていた。

 飛行機のない時代、ロシア沿海部や朝鮮半島北部は欧州への窓口として重要視された。日本海沿岸の港には当時のソ連、朝鮮半島の港と多くの定期船が周航していた。1925年の時刻表には敦賀(福井県)-ウラジオストク(現ロシア)で月4往復半の定期航路のダイヤが掲載されている。

 大阪の実業家らが計画したのが日露支通運電鉄だ。鉄道と航路を開くつもりだったようで、26年の特許申請には福井県の小浜湾と、ウラジオストク、現北朝鮮や韓国の羅津、清津、元山、釜山の各港とを直通するのが目的と書かれている。

 しかし京都府は「山地が多く難工事が見込まれ、維持も難しい」と意見を付けた。ほかにも大阪市などの反対意見もあり国は33年に工事を不許可とした。

桂川をせき止めて造った日吉ダム。日露支通運申請時の地形は現在ではよく分からない(南丹市日吉町)
桂川をせき止めて造った日吉ダム。日露支通運申請時の地形は現在ではよく分からない(南丹市日吉町)

 八木駅の先は北へ向かう。路線予定地を記した地図には「天若宮村」の文字があるが、現在の地図には見当たらない。日吉ダムに沈んだ集落だった。

 後日、日吉ダムを訪れた。日露支通運の発起人たちが見た地形はどんなものだろう。現在はダム湖の水面を眺めるしかない。

日露支通運電鉄

日露支通運電鉄

 国立公文書館に残る起業目論見書によると長さ105キロで軌間1435ミリの全線複線の計画。火力発電所を設け、その電力を使用する予定だった。現在、阪急池田駅から牧、神地から京都学園大のバスは、いずれも2時間に1本程度、同大学から並河駅は1日に5本(土曜・休日は3本)しかなく注意が必要。

【2018年05月11日掲載】