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(3)立木観音と鹿跳(ししとび)伝説(大津市石山南郷町)

厄除け霊験伝える
厄除けで知られる立木観音。正月になると、多くの人でにぎわう(大津市石山南郷町)
 大津市石山から国道422号を瀬田川に沿って南へ向かう。南郷を過ぎた辺りから、川は両岸から山がせり出し、ごつごつとした岩場の合間を急流が駆け抜ける、峡谷のような風景を見せる。
 その一角に、山に向かって延びる険しい石段がある。汗を流しながら約七百五十段あるその階段を登ると、立木観音にたどり着く。今では浄土宗の寺となっているが、弘法大師空海が八一五(弘仁六)年に建立した。この寺の縁起には空海の不思議な体験が記されている。
 空海が諸国を修行して巡っていた時のこと。大石という場所付近にさしかかった空海は、対岸の山の中腹に、光を放つ木を見つけた。「不思議な霊木だ。仏の導きに違いない」と、その木のある場所に向かおうとしたが、目の前には瀬田川の急流が行く手をふさいだ。
 どうしたものかと途方に暮れていると、突然白い雄鹿が空海の前に現れ、背に乗るよう促した。鹿は空海を乗せて瀬田川を跳び渡り、霊木まで導いた後、観音菩薩(ぼさつ)に姿を変え、空へと消えていった。
 この時、空海は数え年で四十二歳の大厄だった。この奇跡に感じ入った空海は、すべての人の厄難を除こうと発願し、霊木を立木のまま彫り、空海自身の大きさに合わせた一・六メートルの聖観音像を造った。さらに余った材料で毘沙門天(びしゃもんてん)像、広目天像、自らに似せた像を刻み、お堂を建てて安置した。
 井野勝道住職(五八)は「現代の感覚ではあり得ないことかもしれませんが、弘法大師がすべての人を厄難から守るために造った観音様を後世まで伝えようと、人々が分かりやすい形で話したのだと思います」と話す。
 今では「厄除(よ)けの立木さん」として知られ、近畿一円や福井などから年間二、三十万人が訪れる。京都市伏見区から友達と一緒に参拝していた中川綾さん(三五)は、「四年前の前厄の時に病気になって以来、毎月お参りしている。いい運動になると思って続けたら習慣になってしまった」という。
 大津の奥座敷にあるこのお堂の風景は、別世界のように見える。井野住職は「雪が降った日の朝、一夜にして劇的に水墨画のような景色に変わるのを見るのが好きなんです」。
【メモ】立木観音は大津市石山南郷町。TEL077(537)0008。JR石山駅から「大石」行きのバスに乗り、「立木観音前」下車。所要時間は約20分。立木観音の入り口から下流に約200メートル行くと、空海の故事にちなんだ「鹿跳橋」がある。

【2006年11月3日掲載】

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