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(5)長池の大蛇伝説(城陽市)

水への畏敬、神に
池は大蛇の頭をかたどっており、手前が大きく開けた口。写真では見えないが、「尾」の部分には、剣を模した時計台がある(城陽市長池・JR長池駅前)
 JR長池駅前の広場(城陽市長池)には「大蛇」がいる。東に蛇の頭をかたどった人工池があり、そこから地面に敷き詰めた黒砂利の「胴体」が西の駐輪場まで八十メートルうねっているのだ。銘板には土地のこんな伝説が記されている。
 昔、奈良街道沿いに端から端まで三百メートルはあろうかという長い池があった。そこに悪い大蛇が池の主としてすんでいて、姿を現しては、住民に悪さをはたらく。若い娘は、大蛇がじろりとにらんだだけで、腰を抜かすほど怖かった。
 困った村人は「このままでは、池の主にみんな丸のみされてしまう」と神社に退治を祈願した。すると、どこからともなく、刀を持った人が現れ、大蛇を切り捨て、消え去った。村人は「行基菩薩の化身に違いない」とありがたがった。
   銘板は、死んだ大蛇の尾から剣が見つかり、石上神宮(奈良県天理市)に奉納された、と伝説の最後を締めくくる。また、退治後について「池も静かになり村は栄えましたとさ」とする。
 なぜ長池地域に大蛇伝説が生まれたのか。記録「大乗院寺社雑事記」の絵図(一四八五年)には「新野池(にいののいけ)」という長大な池が描かれている。城陽市史は、安土桃山時代の街道整備で、この地に宿場町「長池」が誕生し、江戸時代に繁栄した、とする。
 池は街道整備で干上がったとされるが、一九五〇年代までわずかに残っていた。長池駅前に住む小森隆さん(八〇)は「古老から『主がいた』と聞いたことがある。小学生のころは、魚がようけ捕れた。何か主がいても不思議ではなかった」
 長池地域は湧水(ゆうすい)地で、木津川にも近いため、水害が頻発した。「木津川歴史散歩」などの著書がある斎藤幸雄さん(六九)=城陽市寺田=は「洪水を起こす一方で田を潤す水への畏敬(いけい)の念が水神としての蛇の伝承を生んだのでは」と推測する。
 確かに、長池地域の農家は、蔵の米を狙うネズミを食べることから、蛇を大切にした。小森さんは「湧(わ)き水は宿場に泊まる客を喜ばせた。銘板の伝説は悪者の側面だけだが、水と同じで、蛇にも功罪両面があったはず」と語る。
【メモ】JR長池駅は城陽市長池北裏。駅南側には旅篭(はたご)だった和菓子店などが並び、宿場町の歴史を伝える。周辺は湧水を利用した花き栽培が盛んで、毎年5月には満開のハナショウブやカキツバタが楽しめる「花しょうぶまつり」が開かれている。問い合わせは城陽市観光協会TEL0774(56)4029。

【2006年11月8日掲載】

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