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(6)如意寺の身代わり地蔵(宮津市由良)

信ずる者 助けあり
人々の痛みを引き受け続ける身代わり地蔵。右肩に炭のように焦げた部分がある(宮津市由良・如意寺)
 仏教の教えを説く説経が原型といわれ、森鴎外の小説でも知られる山椒太夫伝説。安寿姫と厨子(ずし)王の悲しい物語は、中世以来たびたび小説や演劇の題材とされ、人々に親しまれてきた。その舞台の一つが丹後国加佐郡由良(現在の宮津市由良)にある。
 謀略により筑紫に流された父、陸奥太守を訪ねる旅の途上だった安寿姫、厨子王とその母は、人買いの山岡太夫により母は佐渡に、姉弟は由良の山椒太夫に売られる。
 由良で二人は山椒太夫に使われ、安寿姫は浜に潮くみに、厨子王は山にしば刈りに出る日々が続く。
 そんな中、二人は逃亡を図り失敗、罰として焼き印を押されたはずが、厨子王が持っていた地蔵が身代わりになる。
 宮津市由良の如意寺にある鎌倉時代前期の仏師快慶の木造地蔵菩薩(ぼさつ)座像(府指定文化財)は、姉弟の代わりに焼き印を受けた地蔵と伝えられ「身代わり地蔵」とも呼ばれている。
 森鴎外の小説では、身代わりの部分は姉弟の夢の中の出来事とされているが、身代わり地蔵の右肩には実際に焼き印を押されたような跡がある。これにあやかり、以前からこの地域では「身代わり信仰」として、災厄やお産など、ことあるごとに身代わり地蔵に参拝する習わしがある。
 如意寺の谷口宥全住職(八四)は「『信ずる者に助けあり』なのでしょう、お参りした人は不思議と悩み事が解決に向かいました」と振り返る。また、夢に安寿姫と厨子王が現れた後で悩みが解決したと、遠方からお礼を言いに訪れた人もいるという。
 毎月二十四日の身代わり地蔵の例祭日の前日には、今でも二十三夜参りとして地元の信徒が境内の地蔵堂にお参りに集まる。
 足の痛みの軽減を願って毎月のお参りを欠かさない北野菊枝さん(七一)は「お祈りの後は、集まった仲間で弁当を食べて世間話。二十三日は月一回のお楽しみ」と笑う。
 安寿姫と厨子王に代わって焼き印を受け、今は人々の痛みや悩みを引き受け続ける身代わり地蔵。谷口住職は「身代わりはあくまで伝説だが、お参りする人には心のよりどころなのかもしれません」と話す。
【メモ】如意寺(宮津市由良)TEL0772(26)0205は、KTR(北近畿タンゴ鉄道)の丹後由良駅から北西へ約300メートルにある。身代わり地蔵を拝観する場合は事前に連絡が必要。境内には山椒太夫のものと伝わる高さ約80センチの首塚もある。

【2006年11月9日掲載】

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