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(9)西陣五水(京都市上京区)

水豊か地域に恵み
木々が生い茂る境内にある雨宝院の染殿井。今もこんこんと水がわく(京都市上京区)
 染織の美と技を受け継ぐ西陣。昔ながらの姿をとどめる地域に五つの井戸「西陣五水」が伝わる。いずれも建造時期は不明だが、平安時代から応仁の乱までの名所旧跡を記した「中古京師内外地図」で井戸があった四カ所の寺院や邸宅が確認できる。
 京都市上京区上立売通智恵光院聖天町の真言宗雨宝院の境内には、五水の一つ「染殿井(そめどののい)」が残る。今も水がわくこの井戸は「染め物がよく染まる」と西陣の職人たちが重宝したといわれる。
 西陣聖天として知られる同院は、弘仁十二(八二一)年に嵯峨天皇の病気平癒を祈願し、弘法大師が大聖歓喜天像を安置したのが始まりとされる。応仁の乱で堂塔が荒廃した後、雨宝院だけが現在の地に再興された。
 染殿井は「どんなに日照りが続いても枯れることなくこんこんとわく」と、代々地域で語り継がれた。現在は清めの手洗い用などに使うだけだが、小野信幸副住職は「以前は染め物業者さんが容器を手に訪ねて来られたこともありました」と話す。
 西陣の地下水は本当に染色に適していたのか。市産業技術研究所繊維技術センター(同区)の井上裕幸研究担当課長は「鉄分の少ない水でないとあでやかな色が出ない。洛中の水は軟水で染め物に向いている」と言う。
 江戸末期の創業以来、自家用の井戸水を使っている染工場もある。手作業による糸の精練技術を守り続ける浜卯染工場を訪ねると、先代の岡本太郎さん(九五)が「精錬は染めより硬度成分の影響を受けやすい。けど何より大量の水を使う染色業には豊富な水量は一番の恵み」と教えてくれた。
 雨宝院の南に隣接する本隆寺の千代野井にも伝説がある。同寺によると享保十五(一七三〇)年の大火の時。異様な容姿の女性がどこからか現れ、本堂前の千代野井の水で防火したため同寺は災いを免れたという。
 五水は西陣地区の智恵光院通を軸に南北四百メートルほどの間に並ぶ。安居井(あぐい)と鹿子(かのこ)井は一般公開されていない。首途(かどで)八幡宮の社務所内にあったとされる桜井は、本隆寺南側の桜井公園に模造されている。
 京都三名水のような知名度はないが、西陣の歴史や生活文化、産業をはぐくんだ水の貴重なシンボルには違いない。
【メモ】染殿井がある雨宝院は京都市上京区上立売通智恵光院聖天町。市バス「今出川大宮」下車徒歩約8分。本隆寺は雨宝院の南側。近くには西陣の地名の由来になった応仁の乱の西軍大将、山名宗全の邸宅跡を記す石碑もある。

【2006年11月16日掲載】

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