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(13)火伏せの大イチョウ(京都市中京区)

水を噴き類焼防ぐ?
火伏せの大イチョウの前を訪れた参拝者や観光客はその大きさに思わず見上げる(京都市中京区・本能寺)
 京都市中京区の本能寺。市民や修学旅行生が行き交う寺町通の繁華街から法華宗大本山本能寺の門をくぐると、目の前に閑静な境内が広がる。さらに進むと本堂の奥、南東角にビルの七階に達した大きなイチョウがそびえる。十一月中旬だが、枝に茂った葉は黄色に色付き始めたばかり。二〇〇四年に京都市の保存樹に指定された「火伏せの大イチョウ」だ。
 名前の由来は一七八八(天明八)年の旧暦一月に京都を襲った大火災「天明の大火」にさかのぼる。市内中心部全域に火の手が回ったといい、お寺の「法華宗年表」は被害を「禁裏、二条城、公家65、町家18万余、神社220余、寺院928」と記録する。炎は、本能寺にも迫った。本堂などが次々に焼失していくなか、イチョウから水が噴き出して、近くの建物は類焼を免れたという。イチョウの西隣にある塔頭「龍雲院」の門と建物の一部は天明の大火以前のまま残っている。
 木が本当に水を噴き出して、迫る炎を食い止めたのだろうか。京都府立植物園(京都市左京区)によると、イチョウの葉は肉厚で含水率が高く、防火林として街路樹に用いられる。実際に水を噴くことは考えにくいとしながらも、「水分の多い生木が熱せられると、焼き魚を作っている時のように、表面にあぶくが出ることもある」と樹木担当者。伝承は類焼を食い止めたイチョウの役割を強調して生まれたと推測する。
 本能寺の「能」の文字は長く「☆」と併用されてきた。一九二八(昭和三)年に現在の本堂が建立され、境内の建物が整備されたときから、公式には「☆」だけを使うようになった。旁(つくり)の「去」から「二度と火災に遭うことがないように」という願いが込められた。同時に胴回り三メートルほどに成長したイチョウにしめ縄が飾り付けられた。
 執事補の高橋宏顕さん(四二)は「火伏せの大イチョウにあやかろうと、本能寺の札を求める方がいます。近所では火難よけの神で知られる愛宕神社の札と並べて張っている店もあります」と話す。
【注】☆は「能」の旁を去に変えたもの。たびたび火災に遭うので火=ヒを払うという意。
【メモ】本能寺は京都市中京区寺町通御池下ル。TEL075(231)5335。京都市営地下鉄東西線の市役所前駅すぐ。1415(応永22)年に日隆聖人が「本応寺」として建立して以降、宗教上の対立に加え、本能寺の変などで焼失と再建を繰り返してきた。移転も重ね、火伏せの大イチョウがある現在の場所で5カ所目となる。

【2006年11月23日掲載】

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