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(16)歯形地蔵(京都市北区)

逆上の妻がガブリ
歯痛を鎮めてくれるという「歯形地蔵」に手を合わせる田中さん(京都市北区)
 「千本鞍馬口」バス停から北に歩くとすぐ、小さなお堂に行き当たる。中には高さ五十センチ前後の地蔵像が三体。真ん中に鎮座するのが、歯の痛みを和らげてくれるという「歯形地蔵」だ。
 昔、このあたりに大工の夫婦が住んでいた。夫は仕事一筋で、近所の評判も上々の「いい男」だったが、妻は気が気ではない。「ほかの女に取られたらどうしよう」「もう浮気しているかも」。疑心暗鬼が高じ、夫の帰りが遅いと迎えに出るほど思い詰めていた。
 そんなある日、にわか雨の夕方、妻が傘を持って夫の仕事場に向かうと、夫が若い女と相合傘でいるところに出くわした。逆上する妻に夫は驚き、とっさに近くにあった石地蔵の陰に隠れたが、頭に血が上った妻は地蔵の肩にガブリ。すぐに正気に戻ったものの、食い込んだ歯は地蔵から離れない。
 苦しんでいたところ、通りかかった老僧の法力で歯は離れたが、妻はそのまま息絶えてしまった。その歯形が残ったので、「歯形地蔵」の名が付いたと言われている。
 二十二年間、毎朝水や線香を供えている北区の電機店経営田中芳江さん(七四)にお堂の扉を開けてもらうと、確かに地蔵の左肩には複数の小さなくぼみがある。半月を描くように点々と続き、なるほど歯形が付いたかのようだ。田中さんは「昔は男尊女卑の風潮が強く、妻は夫に従うのが当然とされていた。もともと傷のあった地蔵を基に、当時の人たちが話をつくり、夫に逆らうとひどい目に遭うという戒めに使ったのかも」。
 毎年、地蔵盆で御詠歌を担当する同区の無職林繁治さん(八四)によると、地蔵は大正以降だけで二回移されている。林さんが子どものころは今の「千本鞍馬口」バス停の東の方にあったが、その後、現在地より十メートルほど南のバス停の辺りに移転。今の場所には三十年ほど前に移ってきた。
 何度場所が変わっても参拝者が絶えることがなく、今でも歯医者に行く前にお参りする人がいる。林さんは「テレビや雑誌の観光特集で取り上げられ、遠くから来る人が増えたが、地元の人間にとっては『わが街のお地蔵さま』。歯痛の時だけでなく、通りかかるたびにお参りしています」。
【メモ】「歯形地蔵」は北区千本通鞍馬口上ル東側。市バス停留所「千本鞍馬口」から徒歩1分。JR京都駅前からはA―3乗り場から206系統、阪急四条大宮駅前からは6、46、206系統のバスに乗る。同様の伝説は、京都市上京区の万松寺にも残る。

【2006年11月30日掲載】

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