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(17)禅定寺観音と古老柿(宇治田原町)

娘の姿で製法伝授
禅定寺の裏山にある「美女石」(宇治田原町)
 真っ白に粉がふいた宇治田原町特産の干し柿「古老(ころ)柿」。十一月から十二月にかけ、柿屋と呼ばれる台で二十日間、わらの上で一週間干して作る。この独特の製法について、「観音様が娘の姿になって村人の前に現れ、伝授してくれた」という伝承が同町に残っている。
 伝承によると、同町周辺には「鶴の子」と呼ばれる品種の柿が自生していたが、渋柿のため食べられず村人は放置していた。いつのころからか、美しい娘が年末になると白い干し柿を売りに現れるようになった。「どうしたらこんなに甘くておいしいものができるのか」と村人が尋ねると、娘は丁寧に製法を教えてくれた。
 「役に立たない鶴の子がこんな菓子になるとは」。村人は驚くとともに、娘がどこから来てどこへ帰っていくのか、何者なのかを知りたくなった。ある日、村人が娘のあとをつけると、娘は禅定寺の奥の谷で姿を消した。辺りを探しても見つからず、その後、娘は二度と村に現れなかった。村人は「娘は禅定寺の観音様だった」と考え、娘が姿を消した辺りの岩を「美女石」と名づけた。干し柿は、孤独そうな娘だったことにちなみ「孤娘(ころ)柿」と名づけたという。
 この伝承は、禅定寺と古老柿農家などに口伝えでほそぼそと受け継がれてきた。由来を示す文書は残っておらず、いつごろ生まれた話なのかはっきりしない。「孤娘」が「古老」になった理由も、「古老が作り方を伝えてきたから」「長寿を象徴する鶴の名が付いた柿だから」−など諸説ある。美女石は、同寺の裏山の岩肌がむき出しになった場所として伝わってきたが、近年まで訪れる人は少なかったという。
 同寺は「伝承を知らない人が地元に多すぎる」と、一九九一年に美女石へ向かう山道を整備した。久保敬童住職(五三)は「この伝承には信仰のロマンがある」と語る。また、代々古老柿を作る同町立川の農業下岡久五郎さん(六四)は「自分は祖父、父から聞いたが、若い人たちはほとんど知らないようだ。イベントなどで古老柿を出すときは必ず、この話も添える」という。地元の特産品にまつわる美しい伝承を後世に伝える姿には、郷土への誇りがにじみ出ている。
【メモ】禅定寺は宇治田原町禅定寺。TEL0774(88)4450。京阪宇治交通バス維中前バス停から北へ約2キロ、徒歩約40分。伝承に登場する「観音様」の十一面観世音立像(重要文化財)を本尊としてまつる。ほかに8体の重文仏像がある。美女石は寺から北東へ約800メートル入った裏山にあり、近くには1991年に設置した観音像やほこらもある。

【2006年12月1日掲載】

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