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(18)綿被り地蔵(栗東市)

寒さしのぐ心遣い
かつては頭に綿をかぶせられていた「綿被り地蔵」(栗東市綣8丁目)
 JR栗東駅のすぐ西側を通る旧中山道沿いの佛眼(ぶつげん)寺=栗東市綣(へそ)八丁目=の地蔵堂に、地域の人たちに大切に守られている木造の地蔵がある。高さ約九十センチ。ガラス戸を通して少し憂いを含んだような表情を見せている地蔵は、地元の言い伝えによると、数奇な運命をたどってきた。
 その昔、冬の寒いころ、あたり一帯が大雨に見舞われ、河川がはんらんした。濁流であふれた近くの小さな川の上流から一体の地蔵が流れてきた。その姿に心を痛めた村人が地蔵を川から拾い上げ、「冷たい水に漬かって、さぞかし寒かっただろう」と頭から綿をかぶせて祭ったという。
 そこから「綿被(かぶ)り地蔵」の名が付いた。
 最近まで近所の人たちが、綿が汚れるたびに新しいものと取り換えたり、世話を続けてきた。
 佛眼寺の檀家で、地蔵を長年見守ってきた原邦夫さん(八〇)=同市綣七丁目=は「いつごろから祭っているのか定かではないが、私の小さいころにも、地域の古老が口伝えで話していた」と振り返る。
 堂には、綿被り地蔵と並んで六体地蔵が祭られている。眼病予防に御利益があるといわれ、堂はもともとこの六体地蔵を納めるためのものだった。厚く信仰してきた六体地蔵と一緒に、外からやってきた地蔵を祭ったことに、住民らの温かい気持ちが表れているように思える。
 しかし、時とともに、綿被り地蔵は手や目が欠けるなど傷みがひどくなり、堂も雨漏りが激しくなった。檀家らは資金をためて三年ほど前に、老朽化した佛眼寺の本堂と合わせて地蔵と堂を修復した。
 新しくなった地蔵は、綿をかぶっていない。修理をした宮大工から「綿は水分を吸って地蔵によくないので、かぶせないように」とアドバイスを受けたからだという。それでも堂をのぞくと、古い木の質感を残した地蔵が、静かに何かを語りかけているように見える。
 佛眼寺の梅本真順住職(七二)は「檀家は二十四軒とあまり多くはないが、綿被り地蔵は地域に守られてここまできたんでしょう」と話した。
【メモ】佛眼寺の建立時期は定かではないが、1420年に時宗四條派の末寺になったといわれる。JR東海道線栗東駅から徒歩約6分。旧中山道を挟んで東側には国の重要文化財の木造のこま犬で知られる大宝神社=栗東市綣7丁目=がある。問い合わせは佛眼寺TEL077(552)2473。

【2006年12月5日掲載】

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