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(23)薬祖神祠(京都市中京区)

薬問屋 繁栄願う
薬問屋が並ぶ二条通の一角にある薬祖神祠(京都市中京区)
 薬問屋が並ぶ二条通の一角にある祠(ほこら)には、なんと日本、中国、ギリシャの神が合祀(ごうし)されている。大巳貴命(おおなむちのみこと)(大国主命(おおくにぬしのみこと))と小彦名命(すくなひこなのみこと)、中国の医薬の神様「神農」、西洋医学の父とされるギリシャの哲学者「ヒポクラテス」だ。
 民謡に「一条戻り橋、二条きぐすり屋…」とあるように、二条通は一六〇〇年ごろから薬の町として栄えた。十一月の「薬祖神祭」は江戸後期に「薬師講」として始まったとされる。二条の薬業仲間が集まり、酒を酌み交わした時に神農像などを祭ったという。
 以来、祭りは「二条の神農さん」と呼ばれ、京都の年中行事の一つに数えられるほど盛大だった。一八六四年の蛤(はまぐり)御門の変で、二条の薬業街が焼失した時も「神農尊の御神事滞りなく相済まし申候」との記録が仲間の日記にあり、祭りは例年通り行われたらしい。
 明治維新の後、一時中断されていたが、一八八〇年に復興した。当時、欧州からも薬を輸入するようになっていたため、西洋の神様も必要とヒポクラテスを祖神に加え、一九〇六年に現在の地に祠を移した。現在保管している神農像は、宇治市の黄檗山万福寺の隠元が持ち込んだものとされ、一八五八年のコレラ流行の時も、悪疫をはらったと伝わる。
 五十軒以上あった薬問屋も、約二十年前から大手企業に吸収合併され、十軒ほどに減った。東洞院通から衣棚通まで夜店が並び、ひしめき合うほどの人出だった「神農さん」も、だんだん少なくなり、昨年は夜店がなくなった。祠の隣にある江戸時代からの薬問屋の山村邦允さん(七一)は「祭りのにぎわいがなくなったのは本当にさびしい。なんとか取り戻したいが…」と打ち明ける。
 地域の歴史を調べている近くの中谷弘さん(七三)は「薬は健康管理にはなくてはならないもの。市民にもご利益は大きい」といい、薬祖神祠を核にしたまちの活性化を期待する。最近は、成人病やストレスなどの現代病のほか、ダイエットにも効能があるとして、漢方薬が見直されている。「神農さん」はまさに、その神様。記者も「冷え症が治りますように」と静かに手を合わせた。
【メモ】薬祖神祭は、明治天皇の誕生日にちなんで11月2、3日だったが、現在は第1金曜に改められた。神主を招いて神事を行い、神楽を奉納する。参拝者には薬効のあるササの葉を配布する。ササにはお守り袋と陶製のトラが取り付けられてある。地下鉄烏丸御池駅から徒歩約10分。

【2007年1月10日掲載】

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