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(25)護王神社のイノシシ(京都市上京区)

ご利益 足腰の健康
「狛イノシシ」に大絵馬にと、イノシシひしめく護王神社。その数なんと三千以上とか(京都市上京区)
 今年のえと、イノシシの神社で知られる京都市上京区の護王神社。祭神の和気清麻呂が流刑にされた時、イノシシ三百頭が現れ災難を救ったという「日本後記」の説話で有名だ。足腰の神様としても知られ、都大路を走る駅伝の強豪校やサッカーチームの選手らが願を懸けにくる。
 イノシシと清麻呂、足腰のかかわりは、奈良時代の「道鏡事件」(七六九年)にさかのぼる。僧・弓削道鏡は称徳天皇に気に入られて法王に出世。さらに皇位を狙い宇佐八幡宮(大分県)ににせの神託を出させた。だが清麻呂は称徳天皇の命で宇佐へ向かい「天つ日(ひ)嗣(つぎ)(後継者)は必ず皇緒を立てよ」との神託を持ち帰り陰謀をくじいた。道鏡は清麻呂に死罪をと激怒。称徳天皇が大隅(鹿児島県)へ流すにとどめた。
 清麻呂は道鏡により足の筋を切られ歩けない。粗末な輿(こし)での道中、宇佐八幡宮へ立ち寄るところでイノシシ三百頭が登場する。清麻呂を守るように囲み、十里の道を先導した。
 伝説は「猪の頭」のかぶりものを付け祭礼を営む習慣のある秦氏などが配流途中の清麻呂を助けたことから生まれたとする解釈もある。八幡宮に到着するころには清麻呂の足が治った。護王神社はイノシシとの言い伝えにかけて、足萎(な)え回復のご利益をうたう。
 神護寺(右京区)から京都御苑の西へ移って百二十一年目の同神社は「イノシシ」づくし。昨夏設けた雌雄一対の「狛(こま)イノシシ」は「畑を荒らすなど良くないイメージがあるが、愛されるには、かわいくて勢いがなくては」と文室隆紀宮司(六六)が表情や体の丸みにこだわった。参拝の鈴も三つに増やし「多くの人にゆっくりしていってもらいたい」と話す。
 本殿左の大木の根元には、イノシシの石像を囲むように紙のイノシシのついたくし、右の大木の根元にはミニチュアののぼりが数百本もある。大勢の参拝者が足腰の健康を願って、差し込んでいく。境内にはイノシシの土鈴や絵馬、はく製がひしめき、寄贈もあってその数三千以上とか。清麻呂の進言で開かれた平安京は千二百年を経てにぎわい、清麻呂を守るイノシシは増え続けている。
【メモ】護王神社TEL075(441)5458は、地下鉄烏丸線丸太町駅から烏丸通を北へ徒歩7分。都の孤児を集めて育てた清麻呂の姉の広虫も合祀(ごうし)し、子育て明神としても信仰を集める。午前6時から午後9時まで開門。日本画家上村淳之さん画のイノシシの大絵馬があり、11月末まで飾る。

【2007年1月12日掲載】

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