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(34)えびす神(京都市東山区)

庶民から親しまれ
ふくよかな表情を見せるえびす神の石像。商売繁盛を願う参拝者が後を絶たない(京都市東山区)
 ふくよかな表情でタイを抱え、右手に釣りざおを持つ。商売繁盛のご利益があるとされるえびす神は、七福神の中で唯一、日本で生まれたと伝わる。「えべっさん」の愛称で庶民から親しまれているため、えびす神を祭る神社は全国で数千に上るという。
 京都のゑびす神社は、西宮神社、大阪今宮神社とともに「日本三大えびす」に数えられ、庶民のえびす信仰発祥地の一つ。ゑびす神社のえびす神伝説は、神社の縁起と深くかかわっている。
 ゑびす神社は、臨済宗の開祖栄西が建仁寺を建てるための鎮守社として一二〇二(建仁二)年に創建した。栄西は航海の危険性から約二百年間途絶えていた海外留学に挑み、宋に二度渡った。
 江戸中期刊行の「都名所車」に逸話が残っている。栄西は船で宋に向かう途中嵐に巻き込まれたが、慌てる様子もなく海に向かって拝んだ。すると波間からえびす神が現れ、船首に立つと、たちまち波風が静まったという。栄西はその姿を写しとどめ、えびす神をまつる社を建てた。
 「渡航中にえびす神が現れる話は海の神、旅の神としての接点もあるが、えびす神は万能で霊験あらたかな神。神職出身の栄西禅師はもともとえびす神を深く信仰していたのでしょう」。中川久公権宮司(四一)は逸話の背景をこう分析する。
 ゑびす神社によると、室町時代には京都で同神社を含む「七福神めぐり」が始まった。江戸時代には商売繁盛や旅の安全を祈る人たちでにぎわいを増した。江戸中期に大衆に広まった「都林泉名所図会」には、大勢の人が詰め掛ける境内の様子が描かれている。
 絵の中で人々が手にするササは、ゑびす神社が江戸時代に配り始めた札の代わりという。これが全国に広まり、「えべっさんのササ」が定着したといわれる。
 一月の十日えびすには、五日間で全国から百万人が訪れたという。中川権宮司は「もっともうかるようにと考えるのではなく、心新たに一年の無事を祈るのが本来の祈願。景気の良い悪いに関係なく、毎年多くの人にお参りいただいています」と話す。
【メモ】ゑびす神社は大和大路通四条下ル。京阪電車四条駅から徒歩5分。TEL075(525)0005。境内にはえびす神の像が並ぶ。本殿左側には、えびす神を呼ぶために軽くたたく板がある。大祭は1月の十日えびすと10月の二十日えびす。

【2007年1月30日掲載】

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