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(38)山の神の大蛇(京都市山科区)

700年 地元民が祭る
毎年2月9日に地元住民が奉納する大蛇。700年近くこの地域に伝わる風習だ(京都市山科区小山中島町)
 京都市山科区の東部、音羽山ふもとの小山中島町に、長さ十数メートルのわらの「大蛇」が祭られている。そばには川が流れ、音羽川から山科川へと名前が変わる場所だ。この地に伝わる大蛇伝説を起源に、毎年二月九日に地元の人たちが手作りし、豊作や家内安全を願って奉納している。
 鎌倉時代末期、体長が数十メートルにもなる大蛇が山にいた。シカやイノシシなどを食べていたが、餌がなくなるとふもとの村人や近くの牛尾観音(法厳寺)に参拝する人を襲った。この地に住む内海景忠という武士が大蛇退治を決意した。二メートル近い身長で弓に精通していたという。ある日、山中で寝入っている大蛇を見つけた景忠は、二本の矢を打ち込み、のたうち回っているところへ大きな石を投げつけてとどめを刺した。
 時に一三一三(正和二)年。大蛇の死骸(しがい)は近くの村人が芝と一緒に焼いた。だが、景忠は奇病にかかり、村は大雨で洪水に遭って不作が続いた。たたりを恐れた村人が大蛇の霊を慰めるため、わらの大蛇を祭るようになったという。
 以来、大蛇退治があったとされる二月九日に、地元住民が約三百束のわらを使って新しく大蛇を作り、古い大蛇と交換して川べりに奉納している。
 この行事は「小山二ノ講(二九(にのこう))」と呼ばれ、一九九七年に京都市の無形民俗文化財に認定された。地元の風習などを伝える「京の田舎民具資料館」を運営する竹谷誠一館長(八〇)=同区小山=は「七百年近くも住民の手で続いてきた風習ということで評価されたのだろう」と語る。
 大蛇作りは、柔らかくて長いもち米のわらが適している。だが、宅地開発などで小山地区でもち米を作る農家が減り、わらの確保はひと苦労。「最近は滋賀県などへ出向き、わらを分けてもらっている」と竹谷館長。
 近年は外部から小山地区に移り住む住民も多く、行事に参加する人が増えている。寄付金を出す住民もおり、今年から資金を管理するための運営委員会を設置した。竹谷館長は「地元の伝統行事を守ろうとする活動や支援はありがたい」と歓迎する。今年も九日に地元住民は大蛇を作り、担いで地域を練り歩いた後、新しく掛け替える。
【メモ】京の田舎民具資料館はJR、京都市営地下鉄、京阪の山科駅下車、タクシーで10分。TEL075(581)2302、午前9時―午後4時半、月曜休館。「山の神の大蛇」へは同資料館から徒歩5分。同館では江戸中期から昭和30年代の農耕器具など約2000点を展示している。

【2007年2月7日掲載】

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