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(45)鵺池(京都市上京区)

怪物退治 決戦の場
現在の鵺池。へりが滑りやすく危ないため水が抜かれている(京都市上京区)
 ベンチやブランコでのんびりと過ごす夫婦や親子連れ。広々とした約九千平方メートルの二条公園(京都市上京区)の北側に小さな人工の池がある。ここが平安時代、鵺という怪物を倒したやじりの血が洗われたという伝説が残る「鵺(ぬえ)池」だと知る人は少ない。
 仁平年間(一一五一−五三年)。当時の近衛天皇は毎夜、午前二時ごろになると御殿の上に暗雲が立ち込め、そこから聞こえる奇妙な鳴き声にうなされていた。
 心配した公卿たちは弓の名手、源頼政に退治を依頼する。頼政は「武士は反乱者を討つもの。怪物退治とは聞いたことがない」と不満だったが、勅命のため応じた。
 決戦の夜。東の方から黒雲がわきたつ。頼政は雲の中に怪しい姿を見つけ矢を射た。悲鳴が聞こえ、何かが落ち、駆けつけると、頭はサル、胴はタヌキ、足はトラ、尾はヘビで空を飛ぶ怪物「鵺」だった−。
 「子どものころから話を聞かされ、鵺は姿が見えない不気味な悪者、頼政は英雄と思ってました」と近くの酒販売業、後藤悦三さん(七三)。「鵺池は格好の遊び場でした。ガマガエルがいて、三回ははまりましたよ」と懐かしげに話す。
 池の北には小さな社があり、怪物の鵺を「大明神」として祭っている。横には石碑が建ち、江戸時代には邸宅があったがその後、監獄、公園に変わったと伝えている。碑は一七〇〇年、頼政の遠縁が邸宅を訪れたのを機に碑が建てられ、一九三六年に地元住民が復元したという。
 公園は二〇〇五年三月、京都市が一億六千万円かけて再整備した。住民の意見をもとに「水に親しめ、子どもらに伝説も残したい」(市緑政課)と池も造り直した。
 同公園の協力会副会長を務め、池を管理している後藤さんは、鵺をかわいらしくイメージしたキャラクターを知人と作って店内に飾ったり、物語を紹介する紙を観光客らに配るなど、楽しみながら普及に努めている。
 「この面白い伝説と池を歴史的な遺物として大事に残していきたい」と後藤さん。池は人工になっても、怪物退治の一場面に思いをはせる人々の姿は今も昔も変わっていない。
【メモ】鵺池は、京都市上京区智恵光院通丸太町下ルの二条公園の北側にある。市バスでは丸太町智恵光院下車。二条公園のある一帯は平安時代、天皇の住まいである内裏や現在の国会議事堂にあたる大極殿などがあったとされる。

【2007年2月21日掲載】

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