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(47)首途八幡宮(京都市上京区)

旅立ち 無事祈る
旅の無事を願う人が訪れる首途八幡宮。憩いの場として地域の住民が立ち寄る姿もみられる(京都市上京区)
 源平時代を駆け抜けた美しくはかない英傑、源義経にまつわる伝説が尽きない京都。その中で首途(かどで)八幡宮は義経が十六歳のころ、都を去り、奥州へ旅立つ際に立ち寄って旅の無事を祈った場所とされている。
 伝説によると、一一七四年、平氏の手が伸びるのを避けるため、鞍馬寺に預けられていた牛若丸は奥州平泉の雄、藤原秀衡を頼ることになった。その際に手はずを整えて同行したのが、奥州の金を取り扱っていた金売吉次だった。
 首途八幡宮は、元の名を内野八幡宮という。金売吉次の屋敷が近くにあったとされ、義経が旅立ちの際に立ち寄ったとされてからは首途八幡宮の名称で呼ばれるようになったという。
 社伝によると、同八幡宮は平安京、御所の北東に位置し、皇城鎮護の社として尊ばれた。桃園親王の旧跡としても知られ、桃の木が植えられて美しい庭園で桃花祭が執り行われ、稚児舞の奉納などがあり、多くの参拝者でにぎわったという。その後、度重なる戦火で社殿は焼け落ちたが、再建されている。
 二〇〇五年に大河ドラマで義経が主人公になったこともあり、全国から多くの義経ファンが訪れる名所となった。境内には、桃の木が記念植樹され、参道には奉賛会により、「源義経奥州首途の地」の石碑が建てられるなど観光客も史跡を楽しめるように整備が進んでいる。
 女性を中心に多くの観光客でにぎわったブームもいまは落ち着きをみせているが、地域住民の憩いの場として親しまれ、旅の無事を祈る参拝客が訪れる姿は変わりない。
 義経をしのんで奉賛会を中心に毎年企画している「義経首途祭」は、今年、桃の開花時期に合わせて昨年より約一カ月遅めて四月七日に開催する。地域のサークルなどを招いて盛大に奉納行事を催す予定になっている。
 人生の門出を迎える卒業、転勤シーズンも間近に迫る。梶道嗣宮司(四五)は「旅行の守護神は珍しく、最近は地域の小学生による見学も多い。義経が奥州への旅立ちを前に不安な気持ちで参拝したことをしのんでもらえたら」と話していた。
【メモ】首途八幡宮は、京都市上京区智恵光院通今出川上ル桜井町。TEL075(431)0977。京都市バス停今出川浄福寺から徒歩3分程度。周囲には公園などもあり、八幡宮を訪れる地域住民も多く、観光客にも西陣の散策地の一つとして親しまれている。

【2007年2月23日掲載】

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