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(53)放生川(八幡市八幡)

コイ捕らえ母親に
9月15日には鳥や魚を放って生きとし生けるものの平安を祈る「放生川」(八幡市八幡)
 ある年代以上の人には、縁日に並ぶ「八幡宮の床ずれの紙鯉(かみごい)」を覚えている人もいるのではないだろうか。八幡市八幡の石清水八幡宮の門前で数十年前まで売られていた紙製のコイ。そこには、放生川を舞台にした孝行息子の思いが込められている。
 八幡宮が鎮座する男山のふもとを流れる放生川。生きとし生けるものの平安を願って年に一度、魚や鳥を放つ「放生会」が執り行われる地として、江戸時代は殺生禁断だったという。
 その時分、ほとりに母と息子の二人が住んでおり、母が重い病にかかる。息子は「コイの生き血を飲ませると重い病も良くなる」とのうわさを聞きつけ、母の病を治したい一心で放生川でコイを捕らえた。そしてその生き血を母に飲ませると、病気は不思議に完治した。
 その後、息子は罪を名乗り出る。しかし、母親孝行の息子の思いに心打たれた役人は罰することなく帰したという。
 そこから、生きたコイの代わりに紙で作ったコイを枕や布団の下に敷くと病が治ると伝えられ、床ずれ防止に、墨で描いた真鯉と緋(ひ)鯉が買い求められるようになった。
 八六三(貞観五)年に始まったと伝わる放生会は現在九月十五日に催される勅祭「石清水祭」の起源。応仁の乱や明治の「神仏分離」で断絶や様式変更を余儀なくされてきたが、今は石清水祭に付随する「放生行事」として続いている。
 一方、紙鯉は時代の変化の中で姿を消し、今は八幡宮と松花堂美術館(同市八幡)でしか手に入らない。京阪八幡市駅前に住む横川イトさん(九六)は、かつて紙鯉を作っていた。「コイのうろこに作る人の上手、下手が出る。生きたようなうろこを書く人もいて、うちのがどうしても欲しいというお客さんもいた」と懐かしむ。
 今では八幡宮でも年間に出るのは十体ほどだが、松花堂美術館に紙鯉を納めている同市の民芸部会、中野君子会長(六一)は「病は気からというように、病気に関しては何かにすがったり、信じる心が大切な時もある」と話す。特に身内の病となれば慰めでも真剣。それが家族の思いだろう。
【メモ】放生川は通称で、放生会が営まれる大谷川の200メートルほどの区間を指す。太鼓橋となっている「安居橋」など風情あるたたずまいを残し、「さざなみ公園」として周囲は整備されている。京阪八幡市駅で降りて南に徒歩約3分。紙鯉は男の子の出世を願う土産品としても人気が高かった。

【2007年3月7日掲載】

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