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(78)椿坂(井手町井手)

恋の思い帯に託す
恋物語の伝承が残る椿坂。天気の良い休日は、多くのハイキング客が訪れる(京都府井手町井手)
 古今東西、ロマンスは多くの文学作品が扱ってきたテーマのひとつだ。運命的な出会い、甘い恋、悲劇的な別れ…。男女の織りなすさまざまなドラマは、いつの時代も読む者の胸を躍らせ、心をときめかせる。京都府井手町井手の椿坂にも、そんな切ない恋物語「井手の下帯」の伝承が残る。
 平安時代中期につくられたとされる「大和物語」に、この伝承にまつわる説話が収められている。
 ある時、都から大和の国へ向かっていた内舎人(うどねり)の男が井手の里を通りがかった。すると、道沿いの屋敷から、とても愛らしい顔立ちの少女を連れた女性が出てきた。
 男は女性に「その少女が成人したら、わたしと結婚させてください。そのころにもう一度迎えに参ります」と言い、自分の帯をほどいて、少女の帯と交換した。少女はこの男の言葉を忘れず、帯を大切に持ち続けて、思いを募らせながら育った。だが男は、しばらくするとその少女のことを忘れてしまった。
 それから七、八年が過ぎた。男は再び大和への使いに向かい、途中、井手の里に立ち寄った。ふと井戸のそばを見ると、とても清らかで美しい女性が、次のような歌を歌いながら水をくんでいた。
 「山城の井手の玉水手にむすび、頼みしかひもなき世なり。解きかくる井手の下帯行きめぐり、逢瀬(おうせ)うれしき玉川の水」
 内舎人とは、天皇の護衛を務めた役人だった。
 歌には、男がたわむれに交わした契りの言葉を忘れず、帯に思いを託して再会を願う少女の、切ない恋心が込められている。美しい女性へと成長した少女を目にした内舎人の男は、その歌を聞いて、かつて自らが交わした約束を思い出したに違いない。
 歴史に詳しい同町の村田名良夫産業課長は「当時は、木津川右岸の山すそを通り椿坂を抜け、町内を東西に流れる玉川を渡る大和路が都と大和を結ぶ主要な道だった。真偽のほどは分からないが、その分ロマンを感じる」と話す。
 物語には、伝承の結末は記されていない。まっすぐに男を思い続けた少女の恋が実を結んだかどうか。結末は想像にお任せしよう。
【メモ】椿坂は、城陽市から木津町まで連なる全長約25キロのハイキングルート「山背(やましろ)古道」が通り、周囲には棚田が広がる。近くにコーヒーや手作りクッキーなどを販売する「まちづくりセンター椿坂」がある。JR玉水駅から東へ徒歩約15分。同センターTEL0774(82)3838。

【2007年4月20日掲載】

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