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(82)京のよつぎさん(京都市下京区)

子授け願い祈り
子授けを願う人が訪れる「世継地蔵」を収めた地蔵堂(京都市下京区・上徳寺)
 本堂の横にある小さなお堂に入る。厨子(ずし)の扉から、北向きのお地蔵さまの大きな顔だけが見えた。「顔しかないのだろうか」。薄暗い堂内では確認できず、塩竃(しおがま)義弘住職(八三)に聞いてみた。「お顔だけではなくて、ちゃんと全身があります。石像で二メートル近くあってね。見えないけれど、地面から立っておられるんです。ここでうち独特の祈(き)祷(とう)をするんです」。こっそりと世の中を見つめているようだ。
 江戸時代の前期。清水という人がいた。子を亡くし、悲嘆に暮れる日々を送っていた。再び子どもに恵まれるように念じて本堂にこもり、阿弥陀(あみだ)如来に祈り続けた。
 七日目の夜。お地蔵さまが夢に現れた。「私の姿を石に刻んで祈りなさい」。早速その姿を写し、石に刻んで境内にお堂を建てて安置した。日参して祈念すると、立派な世継ぎを授かった。以来「世継(よつぎ)地蔵」の名で人々の信仰を集めるようになった。
 衆生を救済するといわれるお地蔵さまはそれから七十年後、また本堂に現れる。
 夜のお勤めの最中に、僧侶が声を聞いた。お地蔵さまの声。「我が欲するところの誓願は、世に子なきものには子を授け、子孫相続し、その家の血縁絶えやらず、家運長久ならしめ、幸福薄きものには福を与うべし」。ますます信仰を集めるようになったという。
 子授けや安産とともに、事情で出産したくない女性が自然流産を祈る「お預け」も戦前まであった。「時代背景でしょう。地蔵堂の後ろには水子供養のお堂もあります」(塩竃住職)。
 境内でお堂を眺めていると、祈祷をしてもらったおばあちゃんの声が耳に入ってきた。「子どものことを言うと、お嫁さんにプレッシャーになってはいけない。ですから私が代わりにお祈りに来たんです」
 子宝に恵まれず、泣きながら、すがるように祈る夫婦。気遣って代理でお参りするおばあちゃん。大きな悩みを深く祈ることで晴らそうとする信者の叫びを、お地蔵さまはじっと聞いている。
【メモ】世継地蔵は下京区富小路五条下ルの浄土宗・上徳寺にある。毎月功徳日があるが、特に2月8日の大祭にお参りすると、一億日分の功徳を授かるといわれる。山号は塩竃(えんそう)山。平安時代、この辺りで嵯峨天皇の皇子・源融が池に潮を30石ほど入れ、陸奥・塩竃の千賀の浦の風景を模したという故事に由来する。お寺は1603(慶長8)年に徳川家康が建立した。

【2007年4月27日掲載】

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