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(84)白水池の悲恋伝説(東近江市)

名水「主のおかげ」
悲恋の伝説を秘めた「神鏡水」を味わう人たち。連日多くの人たちが水を求めて訪れる(東近江市・御沢神社)
 東近江市の西部、平田地区に広がる田園地帯。田植えを前に水が張られた水田には、空を漂う雲が映る。伝説の舞台、御沢(おさわ)神社は広々と広がる田の真ん中にある。
 推古天皇の時代、約千三百年前に聖徳太子が蘇我馬子に命じて、この一帯を開墾した時、ため池として清水(きよみず)池、白水(はくすい)池、泥水(にごり)池の三つの池と御沢神社をつくったという。このうち、白水池には、悲しい恋の物語が伝えられている。
 今から千二百年も前の話。美男子として名高い小野時兼が住んでいた村を、三和姫という美女が通りかかった。二人はたちまち恋に落ち、結婚した。幸せな日々を送っていたが、三年後、三和姫は突然、別れ話を持ち出した。「私は人間ではありません。平木の御沢の主です。これを形見と思って受け取ってください。でも、百日の間は開けてはなりません」と言って玉手箱を差し出し、去ってしまった。
 姫のことが片時も忘れられない時兼は、御沢の池を訪ねていくと、姫は大きな白蛇になっていた。時兼は恐ろしさのあまり九十九日目の夜に、玉手箱を開けると、中から、竜が刻まれた鐘が出てきた、という。現在、龍王寺(竜王町)に安置されている鐘が、その鐘だと伝えられている。
 百日間、玉手箱を開けずにいたら、姫は人間に戻れたのだろうか。神社の伝説に詳細な記述がないだけに、心に残る。
 白蛇がすんでいたという白水池は、幅五メートル、長さ十二メートルあまりの細長い池で、今は隣の濁池とつながっている。池の地下からわき出す水は本殿前にも引かれ「神鏡水(しんきょうすい)」として授けられている。名水として人気を集め、県内外の人たちがポリタンクを片手に訪れている。この水を使うとおいしいご飯がたけると言う。
 やわらかな口当たりで、ほのかな甘みさえ感じられた。木村久恵宮司は「おいしい水が出るのは、御沢の主のおかげ。神様への感謝の気持ちを忘れずに水をくんでほしい」という。
 毎年五月中旬ごろには境内のフジも満開になる。名水を味わいながら、フジを見物する人たち。三和姫がどこかでほほ笑みながら見ていそうな気がする。
【メモ】御沢神社へは近江鉄道平田駅から徒歩約20分。近江バス上平木のバス停からは徒歩5分。名神八日市ICからは車で約30分。周辺には額田王と大海人皇子が交わした恋歌の石碑と、万葉集に登場する植物などがある公園「万葉の森船岡山」がある。

【2007年5月3日掲載】

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