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(85)すずめのお宿(京都市伏見区)

優しい主 慕い集う
かつて「すずめのお宿」があった伏見街道。周囲は竹やぶが広がっていた(京都市伏見区深草直違橋)
 伏見稲荷大社(京都市伏見区)近くの店では、スズメのくし焼きが名物として売られている。そんな地域に、かつて「すずめのお宿」と呼ばれた家があったという。二つの話の落差に引かれ、地域史に詳しい深草稲荷保勝会の中嶋至さん(七四)=同区深草=を訪ねた。
 「小学生のころ、先生から学校の近くにスズメが集まる家があると教わった。でも、最近は地元の人の会話にも出てこない」。中嶋さんは現在の稲荷小を卒業した。記憶をたどりながら、一九三三年に地元住民がまとめた「深草誌」を広げた。深草名所の一つとして「雀(すずめ)のお宿」の短い説明があった。
 「今より二百年前程以前より多くの雀が座敷と云(い)わず臺(だい)所迄、巣を造り喧(やかま)しく囀(さえず)る様は全く童話の世界その侭(まま)であり、深草の名に負ふ名所と云はねばならぬ」
 続く七つの句が、当時の様子を伝えている。その一つ。
 ふくべ吊(つ)る亭主に馴染(なじ)む雀哉
 「ふくべ」とはヒョウタン。昔話の「舌切りすずめ」のように、心優しい主を慕いスズメが集う様子が浮かぶ。
 その家が伏見街道(本町通)沿いにあると教わり、訪ねた。
 「スズメが来ていたのは戦前まで。食糧難で餌もなくなって、来なくなったみたいですよ」
 鍵本照子さん(八〇)は約六十年前、夫の正雄さん(八二)と結婚。嫁ぎ先が「スズメのお宿」だった。
 「ひなをヘビから守るため、穴を開けたヒョウタンを針金でつるしていたらスズメが集まったとか。ヒョウタンの数は何百とあった。軒先にずらーっと残っていた」
 元禄時代に建てられた「お宿」は約三十年前に建て替えられ今はない。現在の玄関に飾られた小さなヒョウタンと絵が、名残を感じさせる。
 心和む話は地域の記憶からも消えかけているが、「お宿」近くの和菓子店「栄泉堂」は、鍵本さんから直接聞いた話も参考に、スズメにちなんだ菓子を作り続けている。
 「お菓子を作ることで話が残るならうれしいです」。謙虚に話す店主の柳原邦充さん(五三)の笑顔に、スズメが慕いそうな優しさがのぞいた。
【メモ】すずめのお宿といわれた家は、伏見稲荷大社前から伏見街道を約500メートル南へ行った辺りにあった。JR稲荷駅前に深草稲荷保勝会が2001年に立てた名所案内図には「元雀のお宿」と表示されている。栄泉堂は伏見街道沿いの伏見区深草直違橋8丁目。8年ほど前から売り出した「深草雀」は、もちとあんでできた玉を、薄く焼いた皮で包んでいる。丸々としたスズメの形がかわいらしい。

【2007年5月8日掲載】

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