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(90)鉄鼠(大津市)

僧の怨念封じた?
日吉大社の飛地境内にある「鼠社」。近年では手を合わせる人も少ない(大津市坂本4丁目)
 タイトルは「てっそ」と読む。妖怪伝説である。
 平安時代中期。白河天皇の皇子誕生の祈祷(きとう)を行った三井寺の僧頼豪は、見事皇子が生まれたほうびに、念願の戒壇(かいだん)設置を願い出た。が、天皇は許さない。既得権益を守りたい延暦寺が猛反対をしたのである。怒った頼豪は自身の死をかけて皇子をのろい、さらにはネズミの顔を持つ悪霊となったのだった。
 ねずみ男である。
 とはいえ水木しげるが描いた愛嬌(あいきょう)たっぷりの妖怪とはひと味違う。鉄の牙を持ち、石のごとく硬い毛皮を持つ、僧衣を着た巨大ネズミである。しかも無数のネズミを率い、比叡山の仏像や教典を食い破ったのだ。
 おそれをなした延暦寺は比叡山のふもとにある日吉大社にみ霊鎮めの小さなほこらを建てた。それが「鼠(ねずみ)の秀倉」こと「鼠社」という。
 古くは「平家物語」に登場する。しかし権禰宜(ごんねぎ)の須原紀彦さんは「神社の言い伝えでは違います」と口を開く。
 安土桃山時代、当時の宮司が書き記した「神道秘密記」は、伝説を「非説なり」と真っ向否定。十二支の最初「子」を祭ったほこらであると記す。
 「ネズミは穀物を食べるなど人の生活を荒らします。『災いの元』という人々の認識が史実と結びついたのでしょうか」と須原さん。延暦寺は京都の鬼門にあり、かつて呪術が盛んであった。日吉大社はその鎮護社である。怨霊封じ伝説も根付いたのもうなづける。
 人の世が揺れるたび、妖怪は跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する。恐ろしくもユーモアたっぷりの妖怪奇譚(たん)は、時代の作家を刺激した。「画図百鬼夜行」「伊勢参宮名所図会」など想像性豊かなネズミの妖怪が登場する。近年では京極夏彦さんが鉄鼠を題材にミステリー小説を発表している。
 戦火や災害などの災いは神社の境内を縮め、社の数を減らした。だが「鼠社」は飛地になっても今に残る。魅力的な妖怪物語のためか、巨大ネズミの怨念(おんねん)がなせるわざか。
 「鼠社」の御利益は「ネズミよけ」という。だがマンションが建ち、一軒家にもネズミ害対策される現在、小さなほこらに手を合わせる人も少なくなった。今は例大祭「山王祭」での御輿(みこし)巡幸の競争での終点としての役割を果たすばかりである。
【メモ】日吉大社TEL077(578)0009は、京阪石山坂本線坂本駅から徒歩15分、JR湖西線比叡山坂本駅から徒歩30分。全国3800余社の総本宮である。国家鎮護、方よけ、魔よけの祈願社として崇敬を集めてきた。例祭「山王祭」は4月12−15日。7基の御輿が神幸する勇壮な祭りで、多くの観光客を集めている。

【2007年5月16日掲載】

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