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(97)安倍貞任伝説(南丹市八木町−京都市右京区)

埋葬の地、続く信仰
安倍貞任の首が埋まっているといわれる貞任峠(京都市右京区京北下宇津)
 丹波の山並みを縫うようにして、ゆったりと流れる桂川。その中流辺り、京都市右京区京北から南丹市八木町にかけて、桂川の流れに沿うように、はるか奥州の地の豪族、安倍貞任(あべのさだとう)(一〇一九?−六二)にまつわる伝説が残っている。
 平安時代後期、朝廷は、自分たちから独立した勢力を持っていた奥州の豪族・安倍氏の征討を源頼義らに命じた。十一年間に及ぶ戦い「前九年の役」(一〇五一−六二)の末、一族の長だった安倍貞任は「厨川(くりやがわ)の戦い」で戦死し、安倍氏は滅亡した。
 貞任の亡きがらは朝廷に送られ、都の占師の進言により「東西南北に川のある地」である「有頭(うつ)の地」(現・京都市右京区京北下宇津)に埋められた。しかし翌朝、日の出とともに貞任は生き返り、たたりをなした。そこで、体を二分、三分としたが、やはり生き返る。最後は、体を七つに分けて埋め、下宇津八幡宮に貞任の霊を祭り、ようやくたたりは静まったという。
 亡きがらを七つに切ったところが「切畑」、首を埋めたのが「貞任峠」。ほかにも、下肢を埋めた「人尾(ひとのお)峠」、足と手を埋めた「足手谷」など、下宇津周辺には貞任伝説にまつわる地名が残る。中でも貞任峠にある「貞任の首塚」は歯痛封じの御利益があるとして、古くから地元で信仰を集めていた。
 伝説を生かしてにぎわいを取り戻そうと二年前、荒れていた貞任峠と首塚を、下宇津の住民と京都市のNPO法人(特定非営利活動法人)が整備した。下宇津区長の庄野勇夫さん(七五)は「地元の人はみんな、宇津に貞任が眠っていることを信じています」と話す。
 下宇津から桂川を下ること約二十キロ。南丹市八木町にも、貞任を祭った場所が点在する。船井神社(同町船枝)の入り口左横、竹垣に囲まれた小さなほこらと五輪塔は「腕(かいな)森」と呼ばれ、貞任の腕が埋まっているという。貞任の魂が、自分の体を元に戻そうとすると、青い尾を引いた人魂(ひとだま)が東の方へ飛んでいくという。
 腕の痛みに効くとされ、同神社前総代の竹野忠夫さん(八三)は「昔は農作業で腕を痛めた人が、よくお参りに来ていた。貞任の子孫を名乗る人が、供え物を持ってくることもあった」と振り返る。八木町にはほかにも、頭を埋めた「久留守(くるす)神社」(同町刑部)は頭痛に効く、などの伝承がある。
 七つに分けられたという貞任の体。どのように切られ、どこに埋められたのか、すべてを知る人はいない。しかし、悲運の武将であり、村にたたりをもたらしたとされる貞任が、健康に御利益があるといわれ、今では地域に親しまれているところに、口丹波の人々のおおらかさを見た気がした。
【メモ】貞任峠登り口へは、京北ふるさとバス宇津線で「下浮井」下車。峠へは、山道を徒歩約30分。林道を使えば車でも登れる。問い合わせは庄野さんTEL0771(55)0002。船井神社へは、JR山陰線吉富駅下車、徒歩約40分。

【2007年5月29日掲載】

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