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(107)千本えんま堂・引接寺(京都市上京区)

死者を見守る双眼
かっと目を見開き、大きく口を開けた閻魔法王像(京都市上京区)
 えんま様。この名前を聞いて、恐ろしいイメージを抱く人は多いだろう。かっと見開いた両目、大きな口。千本えんま堂の本尊・閻魔(えんま)法王像は、思わず後ずさりしてしまいそうな厳しい表情で鎮座している。
 「えんま様は実は、人間界をつかさどる、私たちに最も身近な仏様なんです」。戸田妙昭庵主(六四)は笑顔で話した。この世の人間界と、あの世の地獄や極楽との間にいて、亡くなった人間をどこに送るか決めるのだ。それがいつの間にか、地獄の支配者のような印象が強くなっていったのだろう。
 千本えんま堂の周辺は、平安時代、風葬の場所だった。当時は、遺体を平安京の外、洛外に運び出す習慣があり、洛外に当たるえんま堂周辺には遺体がたくさん置かれていたという。
 高価な死に装束を奪う泥棒、遺体からの悪臭…。耐えかねた周辺の住人は、昼は宮中に赴き、夜は閻魔法王に仕えるという役人小野篁(おののたかむら)に陳情に行く。篁は閻魔法王から、亡くなった先祖をこの世へ迎えて供養する「精霊(しょうらい)迎え」の儀式を授かり、現世浄化に努めた。さらに、閻魔法王の手彫りの像を建立した。それが、えんま堂の始まりとされる。
 その後、一〇一七年に上覚上人が藤原道長の支援を受け、引接寺(いんじょうじ)と命名し、開山した。
 篁作の閻魔法王像は、応仁の乱で焼失し、現在の像は一四八八年の作とされる。本堂正面に安置され、左側に記録係の司録尊、右側に検事役の司命尊が居並ぶ。本堂の入り口は、正面ではなく左の側面に設けられ、まさに本堂全体が裁判所形式になっている。
 閻魔法王の命日の毎月十六日には、法要が営まれる。境内の池に卒塔婆を流し、先祖供養をする。毎回熱心に訪れる人もいるという。案内係の竹内嗣夫さん(七四)は「えんま様は、亡くなった人を見守ってくれる大切な存在になっている」と、像を見上げながら静かに話した。
 一昔前まで、地下を掘れば、遺体を埋葬した際に置いた地蔵が出てきたという千本えんま堂周辺。同堂では、毎年お盆の時期に、お精霊迎えとお精霊送りを行っている。えんま様は今でも、大きく目を見開いて、死者の追善供養を見届けているのだろう。
【メモ】千本えんま堂は、京都市上京区千本通鞍馬口下ル、市バス「千本鞍馬口」下車すぐ。本堂には、地獄壁画の板絵としては国内最大という、狩野光信ら作の絵もある。京都三大念仏狂言の一つ、えんま堂狂言や、花冠ごと散る「普賢象桜」でも知られる。TEL075(462)3332。

【2007年6月14日掲載】

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