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(108)いとまごいの橋(滋賀県虎姫町)

元三大師 思い命名
 織田信長ら戦国武将が陣を構えた虎御前山を北に望む三川地区。田畑に沿って流れる七縄川に小橋が架かる。その橋の上に長さ四メートル足らずの細長い石橋が置かれている。元三(がんざん)大師(良源)ゆかりの「いとまごいの橋」。
 比叡山延暦寺の復興に力を尽くした平安時代中期の高僧良源(九一二−九八五)は、近江国浅井郡三川村(現・滋賀県東浅井郡虎姫町三川)に生まれた。天台宗の十八代座主として僧侶の綱紀粛正に努め、円融天皇の病気を治したという言い伝えがある。
 その命日が一月三日とされていることから、良源は「元三大師」と呼ばれ、鎌倉時代に大師信仰が広まった。おみくじの元祖として知られ、延暦寺の「元三大師御鬮(みくじ)」は、全国に広まっているおみくじのひな型でもある。
 病を患った母の看病のため三川に帰郷していた大師は、比叡山に戻る時、悲しそうな母の身を案じ、自分の身代わりの像を彫って母の元に置いていった。
 出発の日。その像が母や村人に交じり、村はずれの橋まで大師を見送りに来たという。以後、村人はいとまごいの橋と名付けた。一九八六年に河川改修で新しい橋に架け替えられた後も、古い石標とともに保存されている。
 いとまごいの橋から五分ほど歩くと、元三大師産湯の井戸跡が残る玉泉寺に着く。本堂は安永九(一七八〇)年再建。本尊「木造慈恵大師坐像(ざぞう)」(鎌倉時代)は重要文化財で、秘仏のため五、六十年に一度開帳されるという。毎年八月には農家が豊作を占う「お水替え行事」が行われている。
 「お大師さんにお伺いをたてる」と言って、家の新築や縁談などの相談でお参りする人もいる。夫馬円尚住職(九三)は「三川にも大師ゆかりのお堂が数多くあったはずだが、この辺りの地面を深く掘ると真っ黒い土が出る。秀吉の時代にずいぶん焼かれたのでしょう」と残念がる。
 町は、本年度から元三大師や天台文化をテーマにした歴史講座を開講している。住民の間でも「大師みくじをまちおこしに生かしたい」と勉強会を開くなど、郷土の歴史を見直す取り組みが始まっている。
【メモ】玉泉寺からは、元三大師の母「月子姫」の墓も近い。JR虎姫駅を起点に五村別院、いとまごいの橋、丸山古墳、虎御前山などが5キロのコースで散策できる。神社やお寺で引くおみくじは、大師が観音菩薩に祈念して偈文(げもん)を授かった観音くじが起源とされる。

【2007年6月15日掲載】