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(119)大井神社のコイ伝承(亀岡市)

神を運んだ「使者」
本殿には、祭神を運んできたコイの絵馬が掲げられている(亀岡市大井町・大井神社)
 桂川のほとりにある亀岡市大井町一帯には、川魚のコイを特別な生き物として扱う風習がある。コイに手を触れることはもちろん、端午の節句にこいのぼりを掲げることもしない。食べるなんてもってのほかだという。大井の人たちは、コイを忌み嫌うのではなく、神様との縁をもたらしてくれた「使者」として大切にしている。
 亀岡盆地はかつて、「丹(に)の湖(うみ)」と呼ばれる大きな湖の底にあった。大国主命の力で水が抜かれ「丹(に)の国(くに)」が誕生したころ、嵯峨の松尾大社の神々のうち、月読命(つきよみのみこと)と市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)は、大社の使いのカメに乗って新しい大地・丹の国を目指した。
 桂川を通って上流を目指す途中、保津峡の八畳岩にさしかかると、川の流れの勢いが増し、とてもカメの力では先に進めなくなった。困り果てた月読命たちの前に、川の中から大きなコイが姿を現す。「私の背中に乗ってください」。コイの背びれをつかむと、急流を物ともせずコイは上流へ泳ぎ進み、今の大井町の対岸にある河原林町あたりにたどり着いた。
 湖の水が引いて生まれた大地に月読命たちは感激するも、住まいとなる場所がない。たまたま通りかかった大工が神々の気高い姿に心打たれ、在元社と呼ばれる社を建立した。後に桂川のはんらんで社が流され、安住の地として社が移されたのが、今の大井神社(大井町並河)という。
 神々が川をさかのぼるきっかけや、大井町に社が移された経緯に諸説があるものの、カメに乗って大社を出発し、途中でコイに助けられた話はいずれの説にも共通している。「当社の御祭神はコイではないが、多くの方がコイの功績をことのほか大切にしている点が興味深い」と大井神社の稲本高士宮司(六五)はいう。亀岡の地は桂川から水の恩恵を受ける一方、幾多の水害にも悩まされてきた。自然の大きな力を感じているだけに、急流を乗り越えて神々を運んできたコイに畏敬(いけい)の念を感じるのかもしれない。
 治水工事が進んで水害の危険は大幅に軽減され、大井町では人口が急増している。それでも、コイを大切にする風習は守られている。稲本宮司は「伝承や風習を、住民の心をつなぐ大切な伝統として語り継いでいきたい」と話す。
【メモ】大井神社は、亀岡市大井町並河1丁目。TEL0771(22)5066。JR山陰線並河駅から徒歩約10分。京都縦貫道大井ICから車で約10分。710(和銅3)年の創建と伝わり、2010年に鎮座1300年を迎える。8月19日夜の花まつりでは、府の無形民俗文化財に指定されている立花行事が営まれる。松の枝に細かい穴をあけ、葉を差し込んで作る「立花」は生け花の原型といわれる。

【2007年7月6日掲載】

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