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(122)首振地蔵(京都市東山区)

借金苦の幇間供養
ずきんとよだれかけをしたかわいらしい姿も人気の首振地蔵(京都市東山区)
 記念写真を撮る観光客が後を絶たない清水寺正面の仁王門前。楽しそうにポーズをとる光景を、一体のお地蔵さんが、ほほ笑ましい表情で眺めている。
 仁王門下の石段の北側にある同寺「善光寺堂」の敷地内に、「首振(くびふり)地蔵」と呼ばれる地蔵が立つ。御影石でできており、高さは五十センチ。普通の地蔵なら動かないはずの首が左右に三六〇度回る。駒札には「願い事のある方向に首をまわして拝めば願いがかなえられるといわれ、江戸時代以来、衆庶の深甚な信仰を伝統している」とある。
 同寺に伝わる話では、江戸中期、祇園の芸妓たちが、親身になって客のだんな方を世話してくれた鳥羽八という名前の幇(ほう)間(たいこ持ち)をしのんで奉納したとされる。首が回るのは、散財し過ぎて借金で首が回らなくなって亡くなったのを気の毒に思い、供養の思いを込めたとも言われる。
 今の首振地蔵は「二代目」。江戸中期につくられたとされる「初代」は、二代目の背後の格子戸の中にある。
 二十年ほど前、初代は観光ガイドやタクシー運転手の間で隠れた名所として存在が広まった。連日多くの観光客が首を回したため、首を支えている軸の部分がすり減り、頭が落ちることもあった。厨子(ずし)の内部に納めても扉を開けて回す人が後を絶たず、扉を閉ざして回すのを禁止した。ところが不評を買ったため、同寺は地蔵を新調することにした。
 ただ、新調は思うように進まなかった。「石屋さんが、作るのを嫌がったんです『首の切れた地蔵さんなど作れない』と。説得に一年以上かかって、ようやく納得してくれました」。同寺の森孝忍総務部長が振り返る。
 森さんは渋る職人を「これは地蔵さんではないから」と説得した。太鼓持ちの姿を模しているため、ずきんを取ると頭にちょんまげがあり、よだれかけに隠れた手には扇子を持っている。羽織のような着物も着ている。
 今も多くの観光客が首を回し、手を合わせる。同寺が各地で開催する「出張開帳」でも、本尊に並ぶ人気を集める。森さんは「ただ拝むだけでなく、触れることで一体感を持てるからですかね」とみている。
【メモ】善光寺堂は、鎌倉時代末期に作られた如意輪観音像などが安置されている。善光寺堂の前にある小さな厨子に、首振地蔵は置かれている。厨子は1990年に全京都建築高等職業訓練校の生徒らが建てた。恋を成就させようと、思いを寄せる人の住む方角へ地蔵の頭を向ける人が多いという。

【2007年7月12日掲載】

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