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(123)桂川の怪(京都市右京区)

洪水への恐怖象徴
小雨の降りしきる桂川。えたいの知れないものはどこに…(京都市右京区・嵐山公園より)
 「雨降りの前後は、桂川のそばへ寄ったらあかん。もやがかかり、えたいの知れん恐ろしいもんが出るんや」
 京都市右京区太秦開日町の今井幸代さん(七二)は戦時中、祖母からこんな話を寝る前に聞いた。
 渡月橋付近の中州で目撃した人もいると、祖母は話を続けた。橋のたもとは今井さんが幼いころ、子どもたちの水遊びの場所だった。だが、薄暗い雲が空に広がり始めると不安になり、みんなで近くの店や寺へ一目散に逃げたという。今井さんは「お化けにさらわれるんじゃないかと思うと怖くてね」と振り返る。
 「恐ろしいもん」とは何だろう。約二百年前の江戸後期、洪水時の桂川に正体不明のものが現れると、学者の橋本経亮も書き残す。橋本は梅宮大社(右京区梅津)の神職を務め、故実に造詣が深かったとされる。
 橋本の記述を要約すれば、波打つような桂川の濁流とともに、何かが亀岡方面から梅津辺りまで下る。やがて水が引くと上流へ戻る。牛に似たような背中だけ見えるが、顔かたちは誰も確認できていない、という。
 併せて橋本は、戦国時代の湖国(滋賀県)でも野洲川の洪水時に、牛のようなものが川からはい出て、黒い雲に包まれて空に上がったという珍事に触れ、両者は同類だろうと推測している。
 「橋本の書いた牛のようなものは、恐ろしい洪水の象徴に違いない」
 梅津まちづくり委員会の中川義和委員長(六一)は七年前、郷土史を研究していた男性(故人)からこの「怪獣伝説」を聞いて、ピンときたという。
 中川さんは小中学生のころから、荒れる桂川を何度も見たし、避難もした。「怪獣が下流から上流へ戻るイメージと、雨がやみ、水かさがあっという間に下がる光景がぴったり重なる。波打つ流れを表現するなら、カッパより、牛の背中が当てはまる」と得心顔だ。
 桂川は水害や治水、利水の歴史を紡いできた。中川さんは「洪水の心配の減った川しか知らない世代がこの伝説を受け止めるのは難しい。でも、伝説が忘れられるのは自然と人、人と人とのきずなが失われること」と話し、川の楽しさや厳しさを学び合う機会を増やしたいと考えている。
【メモ】橋本経亮(1755−1805)は馬にかまれても田に落ちても書物を離さないほどの読書家で知られる。邸宅跡を示す石柱が、京都市右京区の梅宮大社表参道の鳥居脇に立つ。1801年に著した随筆集「橘窓自語」3巻に、牛のような正体不明のものの出現が記されている。

【2007年7月13日掲載】

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