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(125)悲恋の白拍子たち(京都市右京区)

無常悟り共に出家
カエデとコケの美しい庭に包まれて、庵はひっそりとある(京都市右京区・祇王寺)
 JR嵯峨嵐山駅から北西へ野宮神社わきの竹垣の道をそぞろ歩いて約二十五分。奥まった嵯峨の山すそにかやぶきの草庵がこぢんまりと建つ。祇王寺(京都市右京区)の境内では、カエデの木々が青々とそびえ、地面はびっしりとコケに覆われ深い緑の世界が包む。その美しさと、庵で語られる千年の昔のはかない物語に誘われ、若い女性や夫婦らがひきも切らない。
 語られるのは平安時代、当時の流行歌「今様」を歌い舞う白拍子、祇王らの悲恋物語だ。時は平家全盛のころ、祇王は平清盛に気に入られ、妹祇女、母刀自(とじ)と西八条の清盛の屋敷で不自由なく暮らしていた。数年後、加賀の国から白拍子仏御前が訪ねて来た。門前払いされかけたのを祇王がとりなし清盛に対面。その歌と舞に清盛の気持ちは移ろう。「萌(も)え出づるも 枯るるも同じ 野辺の草 いずれか秋に あわではつべき」。祇王は障子に和歌を書き残して西八条を去る。
 しかし清盛は、仏御前の相手をせよと祇王を呼び戻す。仏御前の下座におかれる屈辱を受け、祇王は母と妹三人で都を捨てて出家。人里離れた嵯峨に庵を結んだ。翌秋には、仏御前も無常を悟り出家してきた。四人は念仏を唱えて暮らし、往生を遂げた。文字通り諸行無常と盛者必衰をうたう平家物語の一節だ。
 「今でこそにぎわっていますが、当時は寂しい場所だったでしょう」。寺を守る橋本智妙尼(五八)は思いをはせる。「尼になりたい、という人もたまにあります。修行は受け付けていませんが」
 現在の庵は、平安時代創建の往生院の跡地。明治初期の廃仏棄釈で一度は廃寺となったが、明治二十八(一八九五)年、物語を知った元京都府知事の北垣国道氏が別荘の一棟を寄付した。この現在の庵には祇王、祇女、刀自、仏御前そして清盛の木像五体が並んで安置されている。鎌倉時代の作とされ、作者は不詳だ。
 聞こえるのは、野鳥のさえずりとつくばい(手水鉢)を流れ出る水音。「できるだけ年中楽しんでもらえるように」と智妙尼は約百種の四季の山野草を育て、来訪者をもてなしている。よく見れば、ミズヒキやイワタバコがひっそりと咲く。八月末になれば、薄紫のヤブランが見ごろを迎えるという。
【メモ】祇王寺は真言宗大覚寺派の尼寺。元日以外は年中拝観できる。午前9時−午後4時半、中学生以上300円、小学生100円。京都市右京区嵯峨鳥居本小坂32、TEL075(861)3574。紅葉のころが最もにぎわう。ネコの「まろみ」も人気者。祇王姉妹の出身地、野洲市にも関連の史跡がある。

【2007年7月19日掲載】

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