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(130)十三詣り(京都市西京区)

振り返らず 大人に
振り返ってはいけない。渡月橋からは法輪寺の多宝塔が見える(京都市・渡月橋)
 お参りした後、渡月橋を渡るまでに後ろを振り返ると、授かった知恵が逃げてしまう。桜が見ごろを迎える春の嵐山で、真っすぐに前を見つめたまま、大人に付き添われた男の子や女の子が桂川を渡りきる。
 数え年で十三歳になった男女が渡月橋のすぐそばの法輪寺を参拝する「十三詣り」。江戸時代中期から庶民の間に広がったといわれる慣習は「振り向いてはいけない」という言い伝えと一緒に今もいきづく。
 中学生になったばかり、あるいは中学に進学する前の子どもが、今でこそ本尊の虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)に学業成就を祈願する意味合いが強くなった十三詣りだが、元々はえとを一巡し、区切りを迎えて大人になるための儀式だった。
 江戸時代。十三歳になった男の子は田植えや稲刈りで、家の手伝いではなく一家の働き手として、大人と同じ働きを求められた。でっち奉公に出されることもあった。女の子だと、母と同じように一人前の家事の担い手になった。
 着物も大人が身に付ける仕様になり、京都の室町や大阪の船場の商人が自らの力を誇示するため、娘に着せる振り袖の豪華さを競ったという話も残る。本人にとっては、自立の覚悟を迫られる決意の場でもあった。
 振り向いてはいけないという言い伝えは、もう後戻りは許されないという厳しさを象徴したものなのだろうか。法輪寺の藤本高仝(こうぜん)副住職(四八)は「お参りごとは何か約束事のあった方が、ご利益があるように思えたからではないか」と推測する。さらに「渡月橋からはお寺の本堂や多宝塔の屋根が見えるので、振り返ると知恵が逃げ帰ってしまうと言われるようになったのかもしれない」。定かな説はない。
 ともあれ「振り向いてはいけない」信仰は根強い。かつて法輪寺に参るには渡月橋を必ず渡らないといけなかったが、今は道路や交通機関の発達でその必要ない。しかし「『十三詣り』に来た人はほぼ必ず渡月橋を渡ります」(藤本副住職)。「振り向いてしまった」と親に連れられ、あわててお寺に戻ってくる子どももいるそうだ。
【メモ】法輪寺は713年、元明天皇の命により行基が建立し、800年ごろ、弘法大師の弟子の道昌が渡月橋を架け、虚空蔵菩薩を安置したといわれる。現在、十三詣りは4月13日の前後1カ月間と10、11月を期間とされている。

【2007年8月2日掲載】

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