京都新聞TOP > 観光アーカイブ >ふるさと昔語り
インデックス

(132)宗旦狐(京都市上京区)

茶人姿で人気博す
数々の逸話が伝わる宗旦狐をまつる宗旦稲荷(京都市上京区・相国寺)
 街の喧噪(けんそう)から切り離されたかのような静けさが広がる京都市上京区の相国寺。境内の一隅に、ひっそりとたたずむお稲荷(いなり)さんがある。その名は「宗旦(そうたん)稲荷」。茶人千利休の孫に当たる宗旦に姿を変え、人々の前に現れた古ギツネ「宗旦狐」がまつられている。数々の逸話が語り継がれ、今でも境内のやぶからひょっこりと出てきそうな雰囲気が残る。
 江戸時代の初めごろ、相国寺のやぶに住む白いキツネが宗旦になりすまし、近所の茶人の家に赴いては茶を飲み、菓子を食べていた。
 ある時、寺の塔頭慈照院の茶室開きで、点前を披露していたところ、遅れて入ってきた宗旦が、その見事な点前に感じ入ったという。
 一方、宗旦に気付いたキツネは、慌てて茶室の窓を突き破って逃げた。慈照院にある茶室「頤神(いしん)室」の窓は、破られた跡を修理したため、普通の茶室の窓より大きいという。
 ほかにも、托鉢(たくはつ)の列に加わったり、囲碁をしていたという話もある。
 そんなユーモラスな宗旦狐だが、寺の近くの豆腐屋「子字(ちょうじ)屋」に伝わる最期のエピソードは少し哀れだ。
 ある日、店で油揚げを作っているところへネズミが落ちてきた。店の外に捨てたが、油のにおいに誘われたのか、夜になって宗旦狐がネズミを食べた。すると、神通力が効かなくなり、正体に気付いた犬に追いかけられる。必死に逃げ回り、相国寺のやぶの中に飛び込んだが、古井戸に落ちて死んでしまったという。
 そんな宗旦狐をしのび、寺の雲水たちが供養のために作ったほこらが宗旦稲荷だと伝わっている。毎年二月と十一月には初午(はつうま)祭と御火焚(おひたき)祭が営まれ、供えものとして子字屋の油揚げが並ぶ。
 五代目店主の森本茂雄さん(七二)によると、エピソードに登場する豆腐屋は、子字屋が引き継ぐ前の店という。しかし、宗旦狐の逸話は時代を超えて伝えられてきた。森本さんは「碁に夢中になって、思わずしっぽが出ていたという話もある。いろいろな伝承が残っているのは、それほどかわいがられていたということでしょう」と笑う。逸話を聞きに、店を訪ねる人もたまにいるという。
 宗旦稲荷には、参拝に訪れる近所の人たちの姿も見える。近くの女性(八〇)は「有名なキツネだったようですね。ここ十年間、毎日来ています」と話し、ろうそくに火をともして静かに手を合わせた。
【メモ】京都市上京区今出川通烏丸東入ルの相国寺TEL075(231)0301は、臨済宗相国寺派本山。塔頭慈照院は宗旦によって開かれたと伝えられる。子字屋は、安政3(1856)年の創業以来、相国寺周辺で場所を変えながら営業を続け、現在は上京区今出川通寺町東入ルで店を構えている。

【2007年8月7日掲載】

各ページの記事・写真は転用を禁じます。著作権は京都新聞社に帰属します
ネットワーク上の著作権について 新聞・通信社が発信する情報をご利用の皆様に(日本新聞協会)
電子メディアおよび関連事業における個人情報の取り扱いについて
京都新聞TOPへ