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(134)桃山天満宮(京都市伏見区)

僧の夢に渡唐天神
菅原道真公を学問の神としてまつる桃山天満宮(京都市伏見区)
 御香宮神社(京都市伏見区)境内の一角に、木々に囲まれた別の神社がある。拝殿のそばにつり下げられた絵馬には、入学試験の合格を願う言葉が並んでいる。
 学問の神として菅原道真公をまつる桃山天満宮の歴史は、約六百年前にさかのぼる。その由来には、寺僧がかかわっている。
 当時、御香宮神社の東に蔵光庵という寺があった。ある夜、庵主の元で修行の身だった伴僧月溪の夢枕に中国風の服装をした男性が立ち、「あなたの勉学を見守ってあげよう」と告げた。
 その後、月溪は同門の僧から天神(道真公)の画像を贈られた。描かれた道真公の姿は夢に見た男性にそっくりだった。この話を聞いた庵主は感激し、道真公を蔵光庵の永代守護神として手厚くまつったことが、桃山天満宮の始まりとされている。
 桃山天満宮の宮司を兼務している御香宮神社の三木善則宮司(六三)は「道真公が中国に渡ったとする渡唐天神の話に基づくいわれです」と説明する。
 豊臣秀吉の伏見城が建築されると、「先祖は道真公」と自称する大名前田利家が天満宮のそばに屋敷を建て、丁重に扱った。寺子屋に通う伏見の子どもたちもお参りした、という。
 だが、伏見城の廃城に伴い、次第に人足が遠のき、荒廃した。これを見かねた地元の寺の住職らにより、江戸時代の天保年間、現在の近鉄桃山御陵前駅近くに移設された。御香宮神社の境内には一九六九年十一月に移された。
 天保の移設時、伏見の大工阪田岩次郎が社殿の建築に使った道具一式を天満宮に奉納した、とされる。のみやかんななど六十数点は現在も残り、大工道具の収集や保存を手掛ける竹中大工道具館(神戸市)に預けられている。同館は「当時の大工道具で地下に埋もれず、これほど保存状態が良いものは珍しく、非常に貴重な史料と言える」と強調する。
 名水「御香水」がわき出る御香宮神社の本殿周辺と比べれば人影は少なく、小さな学問の神社だが、名品ほどよく使われるために消耗し、後世に残りにくい大工道具の歴史を伝える貴重な存在にもなっている。
【メモ】社殿は御香宮神社境内の南東に位置し、年3回菅原道真公をまつる神事が営まれる。絵馬は御香宮神社の社務所で受け付けている。近鉄桃山御陵前、京阪伏見桃山の各駅から徒歩5分。奉納された大工道具一式は竹中大工道具館=TEL078(242)0216=で常設展示されている。

【2007年8月9日掲載】

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