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(142)西運寺(京都市伏見区)

俳人、歌人も見物に
山門横に大きなタヌキがたたずむ「たぬき寺」として知られる西運寺(京都市伏見区)
 京都市伏見区の京阪観月橋駅から外環状線を東に向かって二百メートルほど歩いたところに、地元で「たぬき寺」と呼ばれる西運寺がある。
 門前にはトラックや車が多く行き交うが、裏はがけのようになっており、竹が茂っている。山門横には大きなタヌキの置物が立ち、参拝客を見つめている。
 寺はもともと宇治川の対岸の向島(伏見区)に一五九六年、相模出身の雲海上人によって建立された。一六八七年に現在地に移ったが、住職がいない時期が続くなど、次第に荒廃した。明治時代になって本堂などが再興された。
 「たぬき寺」と呼ばれるようになったのは、江戸時代末。当時、住職だった冠道上人が、裏山に住んでいた雌タヌキを餌付けした。なついてくると、「八(はち)」と名付けかわいがった。上人が裏に出て、手をたたいて名前を呼ぶと、山から喜んで出て来る様子は、まるで飼い犬のようだったという。
 動物園といったものがない時代。「目の前でたぬきが、じっくり見られる」という評判が立ち、多くの俳人や歌人、画家らがタヌキ見物に寺を訪れた。近くに住んでいた京焼の名工であった高橋道八は、見物の礼として、人の背丈ほどあるタヌキの焼き物を寺に贈り、山門横に置いた。しかし、この焼き物はいつの間にかなくなってしまい、現在立っているタヌキは後に作られたものだという。
 現在、本堂には多くのタヌキの置物や、タヌキをあしらったはし置き、湯飲みなどのコレクションが並べられている。現住職の小坂井淳弘(じゅんこう)さん(四二)の祖父の代から、収集してきたものだ。それ以外にも、一般の人が寄贈したものも多い。「『他を抜く』と験を担いで、寄贈されたものもあります」と説明し、「普通は、寺にあるものではないですが」と指さした先には、いつのころにか贈られたタヌキのはく製が置かれていた。
 小坂井住職によると一昨年、タヌキの親子が裏山から餌をもらいに出てきたことがあるという。八がいたころと比べ、伏見の街も、寺周辺の地域も大きく変わったが、同寺とタヌキの縁は続いている。
【メモ】京都市伏見区桃山町泰長老にある西運寺TEL075(611)2844は、浄土宗知恩院派で、本尊は阿弥陀如来。本堂横の地蔵堂には、拝むと世継ぎが授かるという「世継地蔵尊」が安置され、信仰を集めている。境内は拝観自由。タヌキのコレクションを見るときは事前連絡が必要。

【2007年8月23日掲載】

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