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(149)乳薬師(京都市伏見区)

子の健康 祈り参拝
安産や授乳、子授けを願うよだれ掛けが絵馬のように薬師堂の格子一面に結びつけられている(京都市伏見区)
 安産や授乳を祈願する母親たちが、よだれ掛けに思いを込めるという。京都市伏見区の法界寺の薬師堂には、「丈夫な子どもがほしい」「赤ちゃんが元気に育つように」などと直筆で記された多数のよだれ掛けが格子を覆い隠すように結びつけられている。その格子の奥には、「乳薬師」と親しまれてきた薬師如来像が安置されている。
 浄土真宗の宗祖親鸞が生まれ、九歳まで過ごしたとされる同寺は藤原氏の北家に当たる日野家の菩提(ぼだい)寺。一〇五一年、日野資業(すけなり)が自ら薬師如来像を彫り、薬師堂を建てたとされる。「法界寺年表」や「叡岳(えいがく)要記」などによると、資業は日野家に代々伝わる最澄作の約九センチの小像を薬師如来像の中に入れたという。
 胎内仏が納められた薬師如来像は、胎児を宿す女性の姿として安産や授乳に御利益がある、と信仰を集めた。岩城秀親住職(五七)は「粉ミルクもない時代、母乳はなくてはならないものだった。子どもを大切に思う母親の気持ちが『乳薬師』の信仰に結びついたのでは」と説明する。
 では、よだれ掛けが納められるのはなぜだろう。境内を散歩していた近くの高齢の女性は「昔からそう伝わっている。理由は知らんねえ」とぽつり。いつごろ始まったのかも分からないが、岩城住職は「下帯姿の男が寺の阿弥陀(あみだ)堂で行う『裸踊り』と関係があるかも…」と教えてくれた。
 男たちが頭上で両手を打ちながらぶつかり合う裸踊りは、江戸中期に始まったという。毎年、元日から二週間続く修正会の結願日に営まれる。五穀豊穣(ほうじょう)や所願成就を祈る伝統行事だが、一方で、踊りに使った下帯を妊娠した妻の腹に巻くと元気な子どもが生まれる、と信じられてきた。
 この伝承を頼りに、近くの高見周治さん(七四)は「下帯を腹に巻いて無事に出産を終えた母が、赤ちゃんが生まれたことを薬師さんに伝えるためによだれ掛けを納めたのが始まりだと伝えられてきた」と話す。
 今は、下帯を腹に巻いたという話も聞かなくなった。「核家族化で、言い伝えを知らない世代が増えた」と高見さん。ただ、子どもを授かった親が「乳薬師」を参る姿に、今も昔も子を思う親の心は変わらないと信じている。
【メモ】真言宗別格本山の法界寺は京都市伏見区日野西大道町、TEL075(571)0024。地下鉄東西線石田駅から徒歩約20分。開門は午前9時−午後5時(10−3月は午後4時まで)。拝観料は高校生以上500円、小中学生200円。阿弥陀堂と阿弥陀如来座像は国宝。本尊の薬師如来像は非公開。1月14日に行われる裸踊りは市登録無形民俗文化財。

【2007年9月6日掲載】

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