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(159)破鐘(大津市)

信長進攻告げ乱打
2年間使われていない「破鐘」。昔の音色を懐かしむ声もある(大津市坂本3丁目)
 大津市のJR比叡山坂本駅の北側に、その釣鐘はある。鐘楼やつき棒もあり、一見したところ普通の釣鐘と違いはないが、よく見ると、縦にうっすらとひび割れの筋が入っているのが分かる。実は、もう二年もその鐘はつかれていない。
 「破鐘(われがね)」は、二〇〇一年までは比叡山延暦寺の直轄寺院である生源寺(坂本六丁目)にあった。生源寺は、天台宗の開祖最澄(伝教大師)の生誕地とされ、境内には最澄の産湯として使われたという井戸がある。
 同寺などによると、戦国時代の一五七一(元亀二)年九月十二日の比叡山焼き討ち事件で、近くの日吉神社への朝参りから帰る途中だった村人が織田信長軍の進攻に気付き、村中に危機を知らせようと鐘を乱打した。その結果、多くの人命が救われたが、あまりにも強く打ち過ぎたため、鐘にひびが入った、とされる。
 「破鐘」となった後も、四百年以上にわたり、住民に時刻を知らせたり、火災や盗みなど非常時に鳴らす半鐘の役割を担ったほか、毎年四月中旬に催される日吉大社の山王祭でも使用されるなど、重宝された。
 ただ、ひびが入ったために、たたいた時の音色に余韻がなくなった。地元住民によると、鐘をつくと「ぐわん、ぐわん」という音がしたという。
 その音色が良くないということで、約十年前に延暦寺が「破鐘」を新しい鐘に替えることを決め、「破鐘」はしばらく生源寺の境内に保存されていた。その後、大津市と旧坂本村の合併五十周年を迎えた二〇〇一年に、坂本学区自治連合会が記念事業の一環として、延暦寺から「破鐘」を譲り受けた。
 地元住民によると、二〇〇五年の大みそかに除夜の鐘としてつかれて以来、「破鐘」は使われていない。坂本観光協会は「これ以上たたくと、鐘が完全に割れてしまう可能性がある」と危惧(きぐ)する。
 生源寺の留守番役大角光徹さん(七七)は「破鐘の音を懐かしむ住民もいる。しばらく聞いていないが、また聞くことができたらうれしいですね」と話す。今も多くの住民が「破鐘」の復活を期待している。
【メモ】「破鐘」は高さ約1.2メートル、直径約0.6メートル。大津市坂本3丁目の「坂本石積みの郷公園」内に保存されている。同公園には最澄の銅像も置かれており、駅前の新たな観光スポットとしても注目を集めている。

【2007年9月27日掲載】

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