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(164)春日神社の疱瘡石(京都市右京区)

ぬれて疫病を予知
崇子内親王の天然痘を治したとの伝説が残る疱瘡石。表面には細かい隆起がある(京都市右京区)
 阪急西院駅から北西に二百メートルほどのところに、豊かな緑に囲まれた西院春日神社がある。ここに病を治す霊石「疱瘡石(ほうそういし)」にまつわる信仰が残っている。明治以降、石の存在は忘れられたが、百年以上たって再び、伝説が語られるようになった。
 神社は平安時代初期の八三三年、淳和天皇(七八六−八四〇年)が退位し、西院にあった離宮、淳和院に移った際の創建とされる。
 疱瘡石の伝説はこうだ。淳和天皇の皇女、崇子(たかこ)内親王が不治の病として恐れられていた天然痘にかかり、神社で祈願が行われていた日、境内で神職が天然痘の発疹(はっしん)に似た模様の石を見つけた。すると、まもなくして内親王は回復し、顔の発疹もきれいになくなったという。
 その後、石は病気を治した霊石として境内にまつられ、江戸時代までは皇族が次々と祈願に訪れた。「京の都で疫病が流行する前に、疱瘡石がぬれる」とのうわさも民衆に広まり、夏になると心配顔で石を見に来る人が絶えなかったという。
 神社の中森良亮・権禰宜(ねぎ)(三九)は「当時は社の中に石をまつっていたため、室内の湿気で冷たい石に水滴が付いたのではないか。蒸し暑ければ疫病が流行しやすくなるので、あながち迷信とも言えない」と説明する。
 しかし、霊石は明治時代に境内から本殿内に納められ、姿を見ることができなくなった。明治政府の神仏分離政策で、神道に関連の薄いものは、信仰の対象にならないとされたためらしい。いつの間にか神社もどこに安置したのか、分からなくなってしまったという。
 とはいえ、住民の間では疱瘡石の信仰は消えず、百年以上を経た二〇〇〇年秋に住民から「霊石をもう一度、拝みたい」という要望を受け、神社職員が大量の古文書をひもといた。三カ月の解読作業の後、同年末に本殿内の社内で疱瘡石を見つけ、翌年から一般公開が始まった。
 現在、毎月三日間、本殿前に飾られる。薄い黒色の石を触ってみると、石の裏側はツルツルした肌触りだが、表側には細かい突起が無数にあり、発疹のようにも見える。
 一世紀以上もたってから住民の願いで復活した民衆信仰に、今では近畿一円から参拝客が訪れるようになった。
【メモ】疱瘡石は高さ約20センチ、幅約15センチ。一般参拝客に公開されるのは例祭のある毎月1、11、15日。石に触って祈願することも可能。西院春日神社は京都市右京区西院春日町61。阪急西院駅から徒歩約5分。

【2007年10月5日掲載】

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